サキュバス、新生活始まりました3
とはいえ平日の朝からブラブラできるというのは気分がいい(上長には本当に申し訳ないと思っている)。仕事という鎖から解き放たれたカタルシスよって現代社会に生きる人間よりも一時的にワンランクアップしたような高揚感と万能感が俺の胸を占める。よーしこれはもう帰りにどっかよってビール飲んじゃお。サイゼかな? 日高屋かな? それともリッチに回転ずしでも行くか? あ、いかん。完全に残業終わった時の発想と同じになってるわ。全然解放されてないわ。むしろ縛られてるわ。
しかしそうはいっても平日の昼間っから飲める店つったら蕎麦屋くらいしか思いつかんなぁ。都会の蕎麦ってあんまりいいイメージないんだけどどうなんだろう。うーむ。これをきっかけに行ってみるのもいいかもしれんな。
「課長、いい蕎麦屋知らない?」
「なんですか藪から棒に。まぁ、一件二件なら……」
よし。ならば昼は蕎麦だ。ビールでやっこでもつまみながら徐々に日本酒へ移行。蕎麦がきと海苔を食べて、〆にせいろと蕎麦湯だな。決定。
「面談終わったら蕎麦屋に行こう。奢るぜ」
「え? いいんですか?」
「まぁ任せろ。昼食代持つくらいの賃金は貰っているよ」
現在、度重なる時間外労働により発生した結構な額の残業代が手付かずで口座に眠っている。加えてゴス美のおかげで食費は浮いておりライフラインは三人で折半。そう、驚くほど金が貯まっているのだ。資本社会に生きる以上貯蓄ばかりしていてはいかん。たまにはパッと使って経済の発展に寄与し通貨の流動性を高めないとな。
「私春巻き食べたーい」
が、ここでまさかの待ったが入る。マリめ自分が子供だからと全てが通ると思っているな? そんな事はさせん。ここは人生が如何に理不尽であるか、分からせてやらねばなるまい。
「えー春巻きー? お兄ちゃん蕎麦がいいなー」
とりあえずジャブ。ここで退けば命までは取らん(しかし春巻きってお前、珍しいもの食べたがるな)。
「春巻き食べたーい! 春巻き! パリッパリの皮と野菜がいっぱい入った餡の春巻き!」
「えー? え? いや、うん。美味しそうだけど今日は蕎麦がいいなぁ」
「やだー! 春巻きー! 春巻き食べたいー!」
食い下がるか……であれば是非もなし。ここは説教だな。それで聞かなければ鉄拳制裁。子育てとは時に厳しく涙を伴うものなのだ。許してくれよマリ。あ、でもやっぱ殴るのは止めておこう。今、色々厳しいし。
「いいじゃないですかピカ太さん。春巻き食べさせてあげましょうよ」
と、思ったらゴス美め。お前はそっち側か。
だが確かに、昼食くらいでうるさく言うのもな……
「……仕方がないか」
「やったー! 春巻き! 春巻き!」
「よかったねマリ」
「うん! 私、春巻き好きー!」
「……」
納得いかんが俺も大人。折れねばならぬ時もあるか……そうと決まれば、オペレーションを練り直さねばなるまい。中華。中華か……日高屋みたいな大衆店ではなくレストランならありだな。ビールを軽くひっかけて、酢豚で紹興酒を楽しむという手(酸味と甘みが紹興酒に合うんだこれが!)。その後はもう一回ビールを挟んで白酒に切り替え、魚料理なんかをいただくと……お? なんかその気になってきたぞ!
「課長! この近辺でおすすめの中華レストラン!」
「私はSiriじゃないんですが……まぁいいです。商店街裏のココ・ドラコがお美味しいですよ。腕も確かですが乾物も自作していまして、いい出汁を使ってるんです」
「じゃあそこにするか。悪いけど予約とっていてくんない?」
「了解です」
よし。これで非日常な昼食を堪能する事ができるぞ。昼からとは言わず今すぐ行きたいくらいだ。いやぁ楽しみだなぁ早く終わらねぇかなぁ面談! っと?
「……あ!」
「うん?」
突如角から現れて叫んだこいつはなんだ? 子供? うん。子供だ。歳の頃はマリと同じくらいか。これから学校か? それはいいんだが、なんぜこっちを見て奇声なんか上げたんだろう? 流行か? そういや最近「はにゃ?」って言葉がブームらしいな。オールドの方々は「はにゃ丸じゃーん」つって嘲笑していたが、そういうお前らも大概見苦しいぞ一言もの申したい。
「どうかしたの、君」
ゴス美が応対。助かる。いやぁ子供苦手なんだよね俺。話通じないし自分勝手だからどうやって対応していいのか分からないんだよな。
「そいつ、今度来る転校生?」
あぉ。挨拶もろくすっぽせず自分の効きたい事だけため口で聞いてくるクソムーブ。おまけに初対面の相手を“お前”呼ばわり。これは完全に令和コンプライアンス違反だな。Twitterで晒されて社会的に殺されても文句は言えない。
「そうだよ。マリっていうの。仲良くしてね」
おぉ……ゴス美、なんと大人な対応……俺だったら即バックブリーカーからのアトミックボムでフィニッシュするね。ザーコ。ザーコ。ザコ小学生。穀潰し。子供料金適用年齢。
「……ブス!」
突然の悪口! しかも走って逃げやがった! なに!? 最近の小学生ってこんな辻斬りみたいな事してくんの!?
「……」
ガシャ。
「いだだだだだだだだ!」
「うわ! 馬っ鹿マリ! 発砲やめろ! 殺す気か!?」
「殺しはしない。ただ、死ぬほど痛めつけてやるだけ」
「発想が物騒過ぎるわ! 課長! 止めるの手伝え!」
「えぇ? なんでですか? 悪いのはあのクソガキですよ?」
「お前なんで普段正論吐くくせにこんな時だけ極端な事言うんだよ!」
頼みの綱なし! なんてこった! だいたいこの状況どう説明すんだよ! 「実はマリ人造人間なんだ仲良くしてね」なんて言えねーぞ!? 絶対学校生活がおかしな事になっちまうじゃねーか!
「あがががっが……が……」
「あ、しまった……」
「ど、どうした?」
「威力上げ過ぎて気絶しちゃった。もっと苦しめる予定だったのに」
「……」
俺は今日、道徳教育の敗北を見た。
「ピカ太さん。この餓鬼どうします? 川にでも沈めますか?」
「……様態は」
「命に別状はないでしょう。失神は痛みに加え現状把握ができず脳がショートしたためと思われます。外傷は打撲程度。内臓へのダメージはありません」
「よし。救急車を呼ぶのも面倒だ。道の端に置いておこう。そのうち目覚めるだろうさ」
すまんな名も知らぬ子供よ。生憎だが俺達はお前に構っている暇もなければ余裕もないのだ。少年よ。強く生きろ。
「ねぇお兄ちゃん!」
「なんだマリ」
「最後に一発蹴ってやっていい?」
「今度にしなさい」
「そっか。残念。徹底的にやらないと覚えないんだけどなぁこの手の男子は」
虎眼流かお前は。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます