サキュバス、新生活始まりました1

 なんというか、子供を持つ気はないというか、物理的にできる可能性はほぼないだろうと思っていたのが、まさかこんな形で、疑似的とはいえ、一女を授かる事になるなど思ってもみなかった。



「ピカ太さん。ネクタイ……」


「お? 曲がっているか?」


「いいえ。プレーンノットは格が下がりますので、ウィンザーノットがよろしいかと」


「どうやって結ぶんだそれ」


「簡単ですよ。やってあげますね。こうやって……こうやって……こう!」


「……変わらなくない?」


「変わります。青銅聖衣ブロンズクロス白銀聖衣シルバークロスくらいの差がありますよ」


 白銀聖闘士シルバーセイントでまともに活躍したのオルフェくらいな気もするんだがな……


「マリの入学面談なんです。ピカ太さんは他の親御さんと比べて若輩となりますから、形だけでもしっかりしておかないと」


「新しい世代を作るのは老人ではない」


「保護者会とかでそういう事言わないでくださいね。失笑を買いますから」


「そっかーやっぱりシャアってそういうイメージあるんだなぁ世間だと」


「そういう意味じゃないです」


 知ってる。でもなんか素直に聞くのも癪なんだよ。なんだよ。そら世間は大人とか常識を求めてくるよ? でもそれができない人だっているじゃん! 俺ってそっち側じゃん! それを捕まえて「ちゃんとしなさい」なんて無理な話じゃん! 多様性と叫ぶ昨今淘汰される異端児! 釈明垂れ流す政治を軽視! けど俺の言葉は社会でノイジィ! 届かぬ叫びにハート裂ける! 酒飲んで蹴る街角のマスコット!


「いいですかピカ太さん。学校生活というのは思っているよりもシビアなんです。子供は当然の事ながら、親だって相応の苦労を負わねばならないんですよ? PTAや年間行事は勿論、子供の友達の親御さんとのお付き合いや喧嘩の後始末なんかもつけなきゃいけないんです。そのためにもまずは自分がしっかりとした人間だという印象を与えておかないと後々面倒な事になるんですからね」


「分かった。分かったよ。分かったからネクタイ緩めてくれ」


「あら、ごめんなさい」


 口うるさい奴だなまったく。ゴス美め、こいつは将来絶対鬼嫁ならぬ悪魔嫁になるだろう。言ってる事が全部正論なうえ、自分は完全に成し遂げるだろうから反論の余地を与えない。非の打ちどころのない人間が他者に完璧を求めてきたとしたらそれはもう精神的な拷問といっていい。気の休まる暇はなんてありゃしない。そういう意味では、ある意味悪魔的といえるかもしれないな。


「ピカ太さん。今、何か失礼な事を考えていませんでしたか?」


「心外だな。人を疑うのはよくないぞ課長」


「そうですか。失礼しました」


「うむ」


 居直ってやったが心臓に悪いなまったく。ゴス美のこういうところが苦手だ。まるで油断できないんだから。


「ともかく、諸々の面倒事は私は引き受けますし、ピカ太さんは普段通りの生活をしていただければいいですが、だからこそ、たまに顔を出す時くらいはピシッとしてくださいね」


「了解。善処する」


 どうにもならんかったらすまんな。その時はよろしく。


「お兄ちゃーん! お姉ちゃーん! 準備できたー!? 早く行こうよー!」


「今行くから待ってろ」


「分かったー! 早くねー! なるはやでよろしくねー!」


 なるはやなんて言葉どこで覚えたんだまったく。そんな業界用語今日日使ってる奴……いたわ。得意先だわ。まったく広告業界は未だにバブルの癖が抜けないんだから困ったもんだよ。うちもだけど。まぁ、そんな事はどうでもいいんだが……


「マリの奴元気だなぁ。学校なんてろくなもんじゃないのに」


「引き籠っているよりましですよ。それに、こういう生活を送らせてあげるために、ピカ太さん頑張ったんじゃないですか」


「……どうかな」



 改めて言われると照れる。バツが悪いなぁまったく!


「……いいですねぇ……楽しそうで」


「うわ! びっくりしたな! なんだいったいムー子藪から棒に」


「楽しそうだなぁって。課長もピカ太さんも、楽しそうだなぁって。いいなぁって。私なんかしばらくゾンビやってたせいで動画投稿できずチャンネル登録数めっちゃ減ってるし、そもそもまだ身体めっちゃ痛いし、仕方なく横になってたらなんか知らないうちに話が進んで置いてけぼりだし、いつの間にかマリちゃんが学校に登校する事になってるし。なんなんですか? 何があったんですか? わたしゃねぇ! もう孤独なんですよ! 何もかものけ者にされて悲しいんですよ! いったい何があったんですか! 教えてくださいよ! ねぇ!」


 うわぁ……こいつマジで泣いてる……メンタルクソ雑魚じゃん……絶対事ある毎にラインのアイコン真っ黒にするタイプだよ……


「ねぇ! 教えてくださいよ! 何が! 何があったんですか!? 私がサロンパス漬けになっている間に! いったい何が!?」


「うるさいなぁ。マリが戸籍上俺の子供になったんだよ」


「は!? 母親は!? 母親は誰なんです!?」


「いねぇよ。法的に俺が孤児を引き取って家族にしたって事になってんだとよ」


「はぁー! 日本の司法はどうなってんだぁまったく! 独身の男に女児の孤児だぁ!? 盛り頃の青年と好奇心旺盛な少女が一つ屋根の下、何も起こらぬはずもなく、夜な夜な禁断の花園で二人は獣となって抱き合っているのであったみたいなストーリーがあるやもしれぬというのにぃ! リアルL〇案件が発生するかもしれないというのにぃ!? なんて国だここは! モラルの欠片もない! こんな背徳堪えられない! 帰ろう! 私は正しき道を示す故郷へ帰る!」


 言ってる事は正しいがこいつが言うとムカつくな。ゴス美とは正反対のウザさだ。まぁ俺もまさか無理だろうとは思っていたが、ここまで母親が好き勝手できるとは想定外だったよ。可能であれば俺の妹って事にして欲しかったがな。


「帰るためにも精進しなさいムー子。貴女がピカ太さんと一夜を供にすれば、それですべてが解決するのだから」


「は、はい! ゴス美課長!」



 そんな事は絶対ないと断言しよう。ただ、こいつ生涯一緒というのも、ちょっとなぁ……



「お兄ちゃーん! まだぁー!?」


「すまーん。今行くー!」


 何はともあれ、新しい生活に慣れなければな。しかし……




「ピカ太さん、どうかしたましたか?」


「いや、なんでもない」



 ……先の事を考えると溜息しか出ない。まったくどうしてこうなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る