広島県人が異世界に転移しました ~無限オタフクソース召喚スキルで相棒の牡蠣と異世界無双じゃけえ!~
新田祐助
第1話「俺はウスターソース派だ」
「はい、という訳で君のスキルは『無限にオタフクソースを召喚できる能力』ね」
目の前で突然、全知全能の神っぽい人が言った。
外見で言えば俳優の吉田鋼太郎さんに激似なのだが、このおっさんとラブするつもりは毛頭ない。
どうやら俺は近所の猫ちゃんを可愛がっていた際に手を引っ掻かれ、ショックで仮死状態にあるらしく、近年ラノベなんかでも流石に廃れてきてる展開にも関わらず、神様からスキル(能力)を付与される空間に辿り着いたとか。
ここは天界と呼ばれてはいるようだが、神かどうかも甚だ疑問な中年オヤジが一人寝転んでる六畳間であり、やたらと香ばしい甘辛ソースの匂いが充満している。
室内は何故か『赤いヘルメットの野球球団のポスター』が張り巡らされているものの、誰一人として知る選手はおらず、なんか全員に角とか翼が生えている。
全体的に説明はしてきたが自分でも意味が分からないし、正直分かるつもりもない。脳が理解を拒否している。そんな中で鋼太郎は続けた。
「おーい聞いてるんか。全く最近の転移者ときたら……。あぁそれと、君の能力はカープソースではなく『オタフクソース』だからね。そこの辺りウォンチュー?」
ウォンチューじゃねえんだよ、別に俺はお前を欲しくねえんだわ。つか英語覚えたてか、せめてアンダスタンで理解させろそこ。
あとカープかオタフクかという問題じゃない、スキル根幹の問題だろうが。無限にソースを召喚できるってなんだよ、もう少しマシな能力あったろ。異能力バトルするにしてもソース利用して空中浮遊したりとか、ソースを固めて剣とか作って戦ったりすんの? ダ、ダサい、ダサすぎる。
「あぁそうか、名前を呼ばんから返事をせんのかな? ごめんごめん、えぇと確か――
「殺すぞ」
神の紹介は事実ではあるのだが、どこぞの誰とも知らん天使っぽいコスプレして翼の生えたオッサンにまとめられるのもムカつくし、言い方も職場の同僚に似ていたので咄嗟に殺害予告を口走ってしまった。まぁいいかこんなやつ。
あでも神様に殺すとか言ったら流石にバチ当たるのかな。いやでも待て、俺そもそも仮死してたわ、既にバチ当たってたわ。
「き、君ねぇ~、神様である儂に対していきなり殺すはないでしょ殺すは! まぁよく見ると外見も冴えないし、中田って苗字も地味だし、性格も悪そうな……って怖っ! そんな睨まんでもいいじゃないか! 君はこれから異世界に旅に出られるというのに! しかもスキルも無限がつく激レアだよ?」
ソースを無限に召喚できることのどこが激レアなんだよ。あと軽く中田苗字ディスってんじゃねえ。
「ソースを無限に召喚できることのどこが激レアなんだよハゲ」
気付けば精一杯の悪意を込めた言葉を返していた。
「ハハゲてねえわ! まだふさふさだわ! カツ、カツラでもねぇわ!」
図星っぽかった。てかよく見れば頭ずれてた。カツラじゃねえか。やでも俺も将来は人のことは言えなくなりそうなのでこれ以上触れるのはやめておこう。
しかし神様と言えどボケとツッコミの概念はあるらしい。ていうか外見も中身もクセが凄い。あとマジ鋼太郎。
「……まぁ、いい。中田くんもこういう場所は不慣れじゃろうし、仮死状態と聞いてテンパってたんだろう。儂は許すよ、儂は神であり寛大だし、ぶっちゃけ神ってるからね。ま、髪はないけどな、ははははは、ってやかましいわ!」
一秒でも早く天に召されてほしいなこの神様。
「はい、ほならね、という訳でですね! これからスキルを付与する儀式をするから、中田くん、ちょっとそこに立ってほしいんですけども~」
神様はYout●beでよく目にする「という訳とは、一体どういう訳なんだ」的な前振りをした後、壁の勇ましい野球選手ポスターが貼られている下の床を指さした。俺は丁重に「嫌です」とお断りした。
「なんでだよ! そこに立ってくれないと君のドキワク異世界冒険譚が始まらないでしょ! いいから儂の言う通りにしなさい!」
そもそも別に俺は異世界冒険譚をしたい訳じゃないんだが……。
誰も彼もが異世界に憧れてる訳でもないだろうし、そもそも俺自身はかなりの現実主義者である。
特に空想が好きな訳でもなく、休みの日はお笑い番組「アゲトーーーク!」の録画映像を見ながら、頭の中でハイテンションのパリピバイブスになった自分を妄想し、ちゃけば虚しく酒を飲むのが一番の楽しみなのだ。……まぁでも、こんな体験は二度と出来ないだろうから、一応は従ってやるか。俺は自称神様に中指を立てつつ仕方なくポスターの下に立った。
「おけおけ、んじゃ動かないでね~。失敗しちゃうとスキルが『無限に醤油を召喚できる能力』に変化しちゃうから」
どうでもいいわ。
むしろ普段の生活時の利便性を考えると醤油の方が良いまであるわ。
「つか、なんでオタフクソースなんだよ」
「え、だって君確か、日本という国の広島県出身でしょ? だから君が喜んでくれるような激レアスキルを用意したってワケ。無限にカープソースかオタフクソースを召喚できるのが、広島県人の夢らしいじゃん?」
「誰がんな夢抱いてんだっての。今俺は東京住みだし、実家の広島とか十数年も帰ってねえよ。オタフクソースって単語自体も久々に聞いたわ」
「あい分かった分かった、ツンツンしないで~。そろそろデレてもいいよ?」
「殴りたいなぁこの笑顔」
一連の会話が終わった後、自称神様はヒューヒューと呼吸を整えだした。
全集中はしているようだが刀は持っておらず、その右手には広島カープを彷彿とさせる赤いメガホンが握られている。そして彼はカッと目を開き、リズムよく叫びながら踊った。
「ナ・カ・タ! ナカタ! ナ・カ・タ! ナカタ! ナ・カ・タ! ナカタ!」
アイムアパーフェクトゴッドマン、とか言い出したのでとりあえず蹴りを食らわせた。神様でも鼻血は出るらしい。
「いきなり何をするんだ中田くん! 神である儂を蹴りを入れるだなんて! 君は今の状況がどういう、あ、やめっ、ソースかけないで、あっ、あーーーっ!」
気付けば俺は『無限にオタフクソースを召喚できる能力』で、右手から勢いよくオタフクソースを抽出して鋼太郎にかけ続けていた。
すげぇ、まるで龍の玉っぽい漫画に出てくるようなエネルギーソースが、ポーヒーという効果音と共に鋼太郎に直撃している。
ということは、先程の意味不明なダンスでスキルは無事に付与されたってことか。
しかし自分で説明してても意味が分からん、なぜあのダンスでスキル習得ができるんだ、原理を教えろ。
「……匂いは、なかなか良いな」
無限に放出しているソースの芳醇な香りに反応して、俺の腹がぐぅと鳴った。仮死状態とは言えど腹は減るらしい。てか仮死なら異世界行かなくていいじゃん、はよ生き返せこら。ささやかなアルバイト生活をしてる一人暮らし、独身三十路な俺だが、別に人生に悲観している訳じゃない。
都内豊島区のバニーキャバクラ『GoToヘブン』のキャスト、28歳(バツイチ)のウサリンちゃんに恋をしているくらい、まぁそこそこ楽しい人生は送ってるんだ。借金はあるけど。
あ、というか心の声に集中してしまって、神様にソースをかけっぱなしだった。約5分はかけ続けていたようだ。
だってほらさっきの俺の経緯のくだり、ウサリンちゃんの可愛いシーンをアニメ化したら結構尺使うシーンだし、サムネになって集客にもなるからね。仕方ないね。
「……もうお嫁に行けない」
鋼太郎はソースでベタベタの部屋内の中心で、艶っぽいポーズをしつつ呟いた。
どう見てもてめぇ男だろうが、やめろ気色悪い。俺はそもそもノンケだ。あとソースかけられたら嫁に行けねぇとかあんの?
「とにかく帰らせろよ。もういいってこういうの。ファンタジーとか信じてないし、くだりも無駄に長いし、夢なら早く覚めてくれ」
「ところが残念ッッッ! 夢じゃありませんッッッ!」
勢い良くしゃしゃり出てきた鋼太郎に、もう一度ソースを放出した。
今度は手加減しなかった。
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