第149話 地獄に落ちろ
「その可愛い顔、ぐちゃぐちゃにしてやりたい」
「やっ………」
なんで?
なんで岩井ちゃんにこんな敵意向けられないといけないの?
ひかりさんならともかく………。
「ふん、かけないわよ。馬鹿じゃないの? そんなことしたら、犯罪じゃない。あんたと同じになりたくないわ」
「犯罪って………」
岩井ちゃんてこんな子だった?
鬼の形相で怖い。
「なんでそんなに……私、岩井ちゃんにはなにも………」
好きだった。
会社の中では、頼りにしている同僚だった。
だから。
「私、本当はあなたが嫌いだった。チャラチャラして男に媚びてて」
そんなこと言われるのはつらい。
「媚びてなんてないよっ!!」
接待で仕方なく愛想を振りまくことはあったけど、それは社会人としては当然のことでしょ?
変に好意を持たれないよう、逆に貴明さん以外の人にはちょっと距離を置くようにしていたのに。
「媚びてるじゃないっ。課長と不倫しておいて、内田さんともなんてなんて乱れてるの!?」
「内田さんとは………」
誤解とは言えない。
つきあってるって嘘も言った。
だけど、媚びたわけじゃない。
「つきあってるって、内緒にしてなんて、あんたの恋愛は人様に言えないものばかりじゃない。何人もなんて。淫乱かよ」
「……………」
悔しいのに、言い返せない。
泣いたら負けだと思うのに、悔しくて悲しくて鼻の奥がつんと痛くなる。
「なに? 何か弁明があるなら言ってみなさいよ。いいわね、不倫しておいて泣けば済むの?」
そう言われるから、泣きたくないんだ。
唇をかんで、必死にこらえた。
「課長も課長よ。こんな淫乱女に騙されて………謝んなさいよっ」
また淫乱て言われた。
私のなにを知ってるの?
何も知らないくせに。
ひょっとして………。
「なんであなたに謝らなきゃいけないの? 私はあなたの彼氏の浮気相手じゃない」
八つ当たり?
自分に重ねて、だから私をそんなの憎んで罵りたいんでしょ?
「あ、当たり前じゃないっっっっ。健くんはあんたみたいなのには引っかからないんだからっ」
図星か。
こういうのなんて言うんだっけ。
ギャーギャーする………あぁ、ヒステリーか。
その言葉が浮かんで、なんかすっと怒りが引いて憐れにもなってきた。
「なによ、そんな顔すんなっ!」
「あっ………」
私の悟りが伝わったのか、カッとした岩井ちゃんはお盆ごと私にお茶を投げつけた。
それは一瞬。
すっと伸びてきた腕がお盆を避けて、中空のお盆はガチャンと派手な音を立てて床に落ちた。
お茶はさすがにこぼれて床を汚したけど、私にお湯がかかることはなかった。
湯呑も奇跡的に割れていない。
「う、内田さん………!?」
「あっつー………」
内田さんのスーツの腕が濡れていた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫。お茶、冷めてんじゃん」
いつもの、社内では評判の優しい笑顔と口調。
「岩井さん、ダメだよそれはさすがに」
「あ………あ………」
岩井ちゃんは、青ざめて言葉をなくしてる。
「ここは糸島さんに任せて、岩井さんは自販機でお茶買ってきて。はい、お金」
500 円を手渡そうとした内田さんを、岩井ちゃんは睨んだ。
「なんで庇うんですか!? こんな女」
「そりゃー………つきあってるから?」
そうにっこりとほほ笑む。
嘘なのに。
私が嘘ついてって頼んだけど、いまここでもその嘘を?
「い、………淫乱! 浮気女っ、地獄に落ちろっっ!」
ギリと奥歯を噛みしめた岩井ちゃんは、私に向かって叫んだ。
「岩井ちゃん、それは言い過ぎ」
内田さんの低い声がそれを制する。
さっきまでと違う、怒気を孕んだ声。
「うるさいっ、うるさいっ!」
岩井ちゃんはちょっと怯んだけど、そう最後に吐き捨てて行ってしまった。
「内田さん………………」
「………………女こえー」
内田さんはそう言って、私に社内用の笑顔を向けた。
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