第8話 和紙と強盗!
「さて。和紙の作り方でも披露するかのう」
将棋盤の隣で木材チップを片手に確認するわし。
まずは木材を熱を加えたあと、冷水で冷やし、それを交互に行い、繊維を取り出す。取り出した繊維を固めて終わりじゃ。簡単に言えばそれだけなのだが、繊維を取り出す植物の種類と、皮を剥いだり、熱を加えたりと、けっこう時間がかかる。
その前にみりんと醤油を作るか。
圧搾したあと、釜に火をかける。醤油もみりんもベースは同じだ。ただ熟成する時間や、温度・湿度が違うくらいだろうか。
みりんと醤油をこしらえると、さっそくなめてみる。
「しょっぱっ!」
少し塩分が多かったのかもしれん。醤油はだいたい完成した。みりんも同じく甘みがあり、できばえは上々。強いていえば、もう少し熟成の時間を延ばすべきだったか。
昼間、父と母が出払っていると、パリンとガラスが割れる音がする。
いつの間にか寝ていたわしはその音で起き、何事か、と辺りを見わたす。
寝ぼけ眼をこすり、音のした方へ歩いていく。
そこには顔を隠した怪しげな二人組の男が立っていた。
「ちっ。ガキを起こしてしまった!」
「どうする? バラすか?」
「それしかないだろ。こいつが大金を持っているかもしれない」
「だな」
逃げ出すわしを簡単にとらえる痩せた男。子どもの足ではとてもじゃないが、遠くに逃げ切れない。しまった。このままでは殺される。それも、大金を持っていると、知っての行動だ。
「こいつが大金を持って露店をめぐっていたのか……」
「!?」
そうか。あの時に見つかっていたのか。そして大量の食材を買い込むのも見ていたに違いない。
だからこそ、この家に侵入したのだ。金目のものがあると知って。
「金目のものはどこにある。言え!」
ナイフを突きつけて、声を荒げる男。
「漬物じゃ、そこの樽に入っておる」
「ツケ、モノ……。なんだそれは!?」
「ひっ!」「どうした?」
「二重字勲章が飾ってある。父親のか?」
「わしのじゃ」
胸を張って言うが、宙ぶらりんでは気迫もなにもない。
「はったりも大概にせい! オレらをなめているのか!」
「こいつの父親が勲章持ちだぞ。マズいだろ……」
声を潜め話し合う男たち。
「確かに。それにしても金目のものがないじゃないか」
「二重字勲章を持っていくか? 金にはなるぞ」
「いや、やめておけ。売り物にはならない」
露店にまわった矢先には顔を覚えられ、みんなから注目を浴びることになるだろう。曰く付きと知れば、誰も買い取ってはくれない。
それくらいは頭が回るらしい。
「ガキ。金目のものはどこにある?」
「知らん。わしの目の届くところにはない」
お金を生み出しているのはこの頭。それがなければ、貯金を切り崩して生活するしかない。もしくは父の小説か。どちらにせよ、頭の中のものを売っているに過ぎない。
「マズいぞ。このままじゃ金を奪えない」
「こいつを始末して去るぞ」
ナイフが突き立てられる…………が、ナイフが皮膚を突き破ることなく、キンッと鈍い金属音が鳴り響く。
「なんだ!? こいつナイフを弾くぞ!?」
鼻息を荒くし、驚きの声を上げる男ふたり。
驚きのあまり手を離し、自由になるわし。
「くそっ! やってやる」
拳を振り下ろすもう一人の男。
だが、その拳は皮膚の手前で止まる。
「なんじゃ? 触れられんのか?」
「どうなっている。こいつの身体は!?」
ふむ。どうやら物理的な攻撃を無力化しているらしい。セクメトとの会話でチートという言葉を思い出す。もしかしたら、これがチートなのじゃろうか。
「わしには触れられまい!」
アッパーで殴りつけると、すさまじい勢いで上空に吹き飛ばされる男。その隣にいた男を蹴り倒すと、屋根に叩きつけられた男が床に転げ落ちる。
なんと、たったの一撃で一人、また一人と撃ち倒してしまったのだ。
「ほう。これは見事な身体じゃ。まるで力が湧いてくるようじゃ」
「お姉ちゃん、何があったの?」
不安げに柱の陰から顔を覗かせる妹のレイ。
「強盗じゃ。わしらを狙ってきた。憲兵を呼んでおくれ」
「う、うん。わかった」
慌ててレイは走り出す。その手には熊のぬいぐるみが握られている。
「目覚めたところで、わしも困るんじゃがな」
ほどなくして憲兵が来て、男二人を引っ捕らえる。といっても気絶しているので、担ぎ上げるような形で去っていたが。
「お嬢ちゃん、一人でやったのかい?」
「そうじゃ。悪いかえ?」
二重字勲章をちらりと一瞥する。
その意味を悟ったのか、憲兵は何も言わずに男たちを拘置所につれて行ったのだ。
「さてと。今後はどうするのじゃろう」
荒らされた部屋を眺め、脱力する。これを元に戻すのは手間じゃ。最初からチート持ちという自覚があったら、こんなに荒らされる前に倒しておいたのに。
しかし、孫が大切に読んでいたライトノベルのチートとやらの意味を知っておいて良かった。そうでなければ、この力や異世界転生の意味も知らずにいたかもしれん。
孫に感謝じゃな。
そうこうしている間に父と母が帰ってくる。
「これは、どうしたというのだ?」
「強盗に入って荒らされたのじゃ」
「こわかったよ……」
えーんと泣き出すレイ。
「ルナは無事だったんだな。レイは?」
「大丈夫。お姉ちゃんがやっつけてくれた」
「まあ、二重字勲章を持っているからのう。今さらじゃ」
「まあ、確かにそうなのかもしれないが……」
子どもがここまで頼もしいと、逆におののくのかもしれん。
父の表情は険しいものとなる。
「そうじゃ! みりんと醤油ができたのじゃ。今日の夕飯は楽しみにしておれ」
「そうか。楽しみにしているぞ」
この家の主君はすでにルナが握っている。そのことに気がつかないわしではない。
やり過ぎた。そう思うがもうどうしようもない。
どちらかと言えば、今度からは逆に見せつけていくしかないのかもしれない。そうすることで家族を守れる可能性も高い。貴族の位をもらうのも視野に入れておくか。すでに皇族と友だちになっておるし、のう。
今までは隠すことで耐えてきたが、これからは見せつけることで守るかのう。
「何事なの? この騒ぎは」
たまたま遊びにいらしていたのか、ミアが入り口に立っていた。その後ろでは白馬がいななき馬車と御者、付添人が立っているではないか。
「ミア様。強盗にあってしまったのじゃ」
「敬語は不要なの。わたしのことはミアでいいの」
気高さを象徴するかのように高らかに宣言するミア。
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