第6話 文化祭 出し物決め
強い光を放つ太陽の日差しが、廊下の窓から入り込む。眩しい太陽の下で、九月の厳しい残暑に負けず、エーデルワイスとプルメリアが愛らしく咲いている。
どちらの花も園芸部の一年生で育てるのを決めた花だ。……私が力説した甲斐があった。
ちゃんと育てられたことに安堵し、窓から眺めていると生徒達の楽しそうな声が廊下に響く。
会話の内容は夏休みの思い出についてだ。
夏休みが終わってから四日経った今でも、大半の生徒達の話題は夏休みのことで盛り上がってる。
(夏休み中の思い出かぁ……家族と一緒に夏祭りに行った以外は、基本的に勉強と料理しかしてなかったな)
夏休み前に想像していた通り、先生には会えず。時間を無駄にしないため、卒業後を視野に入れて過ごした。勉強も料理も、卒業後の為。
夏休みに家族と行ったお祭りで両親に馴れ初めを聞いて、その流れで私が十歳、歳の離れた人と付き合おうとしたら反対するか聞き、両親とリビングで、ニュース番組の特集で同性同士の結婚について取り上げられているのを見ていたときに、同性同士の恋愛をどう思うかも聞いた。
どちらの質問の答えも要約すると、その人を心から愛せるなら一緒になればいい。好きの感情に年齢も性別も関係ない、だった。両親の答えに私の心は救われた。心のどこかで不安だったのだ。先生と付き会えたとしても、両親に隠れて付き合いたくはないし、堂々と先生に好きと伝えられる状態にしたかったからだ。その為の心の準備と確認だった。
先生が告白を受け入れてくれない可能性は極力、考えないようにしている。自信があるわけじゃない。だから、不安にならなくていいように、考えられることは全て実行している。最近では、メイクや服装についても学ぶようになった。学校内では制服かジャージしか着れないけれど。
今のうちに実行すべきことが他にないか考えながら花たちを眺めていると、階段の方から来た生徒二人組が文化祭の話をしていた。
約一ヶ月後に文化祭が開催される。その文化祭での出し物をこのあとの授業時間を使って、決める。
(どんな出し物になるかな、私はメイド・執事喫茶とお化け屋敷しか思いつかなかった)
出し物の案は夏休み中にある程度考えておいて欲しいと先生は言っていたけれど、その先生のことで頭がいっぱいだった私は、夏休みが終わる三日前に案を考えなければいけないのを思い出した。
机の前に座って、白紙の紙を前に頭をひねらせた。けれど、出し物を書き出した紙には、チャイナドレスを着て料理を運ぶ中華屋に魔法使いの店、不思議の国のアリスの不思議な店、他は着ぐるみパジャマや王子様など、いつの間にか先生の見てみたい格好が見れそうな出し物ばかりを書き連ねていた。どの格好もすごく可愛くて格好いいだろう。とてもみてみたい。いつか着てもらうためにも、私はできることを努力して、先生を落とさなければ。
夏休みが終わったあとも出し物の案を考えたけれど、同じような案しか出てこず、結局諦めた。
出し物がなんでも、一緒に文化祭まわりたいな……。先生は文化祭中、どこにいるんだろう。見回りだろうか。それとも、先生達だけでなにかするのかな。見回りをするとしたら、一人なのか二人でなのか。
ほかの先生と文化祭を楽しんでいる日和先生の姿も可愛いだろうけど、その先生の隣に居るのはやっぱり自分であってほしい。
(……当たって砕けろ、先生のこと誘うだけ誘ってみよう!)
楽しみ半分、心配半分の気持ちで教室に戻り、中央の列の真ん中の席に座る。
夏休み後、席替えが行われた。先生の家から持ってきたダンボール箱に、席の番号が書かれた紙を入れて順番に引いていき、机の上に貼ってある番号と紙に書かれた番号が一緒の席が自分の席、という決め方だった。
そして私が引き当てたのは中央の列の真ん中の席。窓側の席からみる先生とは、また違った表情がみえる席だ。それに目が合う回数が更に増えた! 席替えする前の席も嬉しいことが多かったけれど、席替えした後の席でも嬉しいことだらけだ。
頬を緩ませながら先生が来るのを待っていると、教室のドアが開いた。
教室に入って来た先生はシャツにスラックスのいつもの格好だ。夏休み前から今日まで、あの日のようにワンピースを着てきてくれることはなかった。いつもの格好も好きだ。でも、それ以外の格好の先生もみてみたいから少しだけ残念だ。……刺激が強くて、ドキドキするけど。
「文化祭の出し物について話し合います」
先生の言葉に生徒達が色めき立つ。
その反応に先生は目を細めて、笑っていた。
(先生も文化祭楽しみなのかな)
「案を出してもらい、その中から多数決で決めます」
「案がある人は手を挙げて発表してください」
数人の生徒が手を挙げ、一番早く手を挙げた生徒の名前を先生が呼ぶ。
手を挙げた生徒の案は、私が考えたのと同じお化け屋敷。教室内を古いお屋敷のようにして、着物をきたお化けや、刀を持ったお化けの格好で怖がらせるといった内容だった。
手を挙げていた他の生徒が出した案は、メイド喫茶や執事喫茶、たこ焼き屋にお好み焼き屋にパンケーキ屋と飲食関係が多い。
「他に案がある人はいますか」
前の席の子が手を挙げて、席から立ち上がり、通る声で話し始めた。
その子の案は、童話や既存の物語をアレンジして脚本にし、体育館で演劇をするクラス演劇、という案だ。
案を出した子は演劇部で、演劇部で使った小物をクラス演劇で使えることも確認済みと言っていた。準備がとてもいい、私も先生に対してはそうでありたい。
「もう一度確認します。他に案のある人はいませんか?」
演劇部の子の後に手を挙げる生徒はおらず、手順通り、出ている案から多数決で決めることになった。
「お化け屋敷がいい人は手を挙げてください」
三人、手を挙げた。
「飲食関係がいい人」
手を挙げたのは、十人ほど。
「クラス演劇がいい人」
私含め、残りの生徒が手を挙げた。
(裏方でもきっと楽しいだろうし、先生と話す時間もとりやすそう)
そう思い手を挙げた。
「賛成多数はクラス演劇です……大丈夫でしょうか」
お化け屋敷か飲食関係の案に手を上げていた生徒達の顔を見ながら確認すると、その二つのどちらかに手を上げていた生徒達が頷いているのが見えた。
「では、文化祭での出し物はクラス演劇で決まりですね」
楽しそうな生徒達の声が教室に響く。
出し物が決まり、脚本や衣装の準備についての話し合いが始まった。
脚本は演劇部の子と、脚本を書いてみたい生徒達で準備することが決まり、衣装は裁縫部に所属している生徒とデザイン画が描ける生徒達が担当することになった。
衣装も配役も脚本が出来次第な為、生徒達で脚本になりそうな既存の物語を提案していく。
演劇の脚本に定番の物語や、キャラクターを増やしやすい桃太郎が案として出た。どの物語もいいけれど、もっとアレンジのしやすいものにしようと、皆が頭をひねらせていた。
(なにがいいかな……アレンジしやすい物語………………!)
「不思議の国のアリスはどうですか」
咄嗟に思いつき、手を挙げずに提案すると他の生徒達が、キャラクターを増やしやすい、物語の設定だけ似せて色々変えたりできる、と賛成してくれる生徒が沢山いた。
他の物語を提案していた生徒達も、私の提案に賛成してくれて、元にする脚本は不思議の国のアリスに決まった。
元にする脚本が決まり、脚本アレンジの締切日を設けて、今日の話し合いはお開きになった。
そのままホームルームの時間になり、いつものように先生が連絡事項を話し、チャイムが鳴る。
「気をつけて帰ってくださいね」
チャイムの音と共に、席を立ち先生に挨拶する他の生徒達と同じように私も立って、教卓の隣にいる先生に近づく。
「
夏休み後から、先生から声をかけてくれるようになった。嬉しい。
「先生は文化祭の日、見回りをするんですか?」
「そうですよ、文化祭での教師の役目は見回りですからね。担当しているクラスの出し物によっては、生徒と一緒に楽しんだりする方もいます」
見回りをするのは、予想通りだった。
「二人組で見回るんですか?」
「いいえ、基本的に一人ですよ」
先生は一人で動く。それなら、先生と一緒に回っても、咎める人は多分いない。
先生にバレないように深呼吸してから、心の中で当たって砕けろと三回唱え、口を開いた。
「文化祭、私と一緒に回ってもらえませんか? 無理にとは言わないので……」
言っている途中で少し後悔してしまい、語尾が小さくなってしまった。
「…………す、少しだけなら、一緒に回れるかと」
先生の言葉に驚き、気づくと下を向いていた顔を勢いよくあげ、先生の顔を見つめる。
「い、いいんですか」
驚いて、大きな声を出しそうになり、ここが教室で他の生徒がいることを思い出して、先生に更に近づいてから小声で聞く。断られる前提だったから、とても驚いた。今の私は目を見開いて、ちょっと怖い顔をしていると思う。
「いいですよ。って、近いです! 離れてください」
先生の赤くなった耳を一瞬見てから、ごめんなさいと言ってから離れる。
「嬉しいです!」
満面の笑みで嬉しいという気持ちを表現したけれど、そうですかと言って先生はそっぽを向いてしまった。その姿に、照れながらも誘いを受けてくれたのはどうしてだろうという気持ちが強くなった。
「喜んでから聞くのもなんですけど……どうして、誘いを受けてくれたんですか」
「…………なんとなくですよ」
そっぽを向いたまま、小さな声で答えてくれた。なんとなくが理由じゃないと顔を見ればわかるのに。でも、追求したら、やっぱり一緒に回りませんと言われてしまいそう。そうなったら、一週間くらい立ち直れない気がするので、そうですかと言ってからお礼を言う。いつか誘いを受けてくれた理由を聞こうと、誓いながら。
「ありがとうございます、嬉しいです」
当日のプランのことは任せてもらえませんか? と嬉しさで緩みきった顔で聞くと、私の方に顔を向けて小さく頷いてくれた。下を向いていて顔はよく見えないけれど、きっと耳と同じように真っ赤だろうな。
「今から楽しみです」
先生の顔を見ながら伝えると、数回、小さくコクコクと頷き、それではと小さく言って教室を足早に出ていってしまった。
(やったぁ〜! 先生と一緒に文化祭を回れる! 当日、どこを回るかも私に任せてくれた! 先生に楽しんでもらえるようにしたい)
今から楽しみで仕方がない。他の生徒にバレないように小さくガッツポーズをして、リュックを持って、小さくスキップしながら教室を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます