第4話 「お化粧のノリがよくて羨ましいわぁ」
「ほんっと、西園寺さんの肌ってキレイよねぇ」
「そうよねぇ、カナも腕の振るい甲斐があるでしょ?」
「うんうん、毎日でも振るいたくなっちゃう!」
私立
西園寺さんと呼ばれた黒髪おさげの少女は、トイレの奥にある壁際に所在なげに佇んで身を縮めている。
彼女の目の前には、ピンクベージュの髪の少女と、その傍らにはブラウンの髪をした数人の女子生徒が腕を組んでにやにやと笑いながら立っていた。
「カナにメイクしてもらえるなんて、西園寺さん羨まし~い!」
「ほんとほんとぉ、よかったねぇ!」
「でもほんと、お化粧のノリがよくて羨ましいわぁ」
カナ――ピンクベージュの髪をした女子生徒、
額には可愛らしい文字で「クソビッチ」と、頬には「ブス」と綴った。
それを見てカナは満足そうに笑って、制服の胸ポケットからスマホを取り出すとカメラを彼女へ向ける。周囲にいる女子生徒たちもその行動に倣い、我先にとスマホを取り出して今度は撮影会を始めた。
カシャ、カシャといくつも切られるシャッター音と、それに伴い上がる愉快そうな笑い声を聞きながら西園寺は下唇を噛み締めて静かに俯く。
「う~ん、ちょっと物足りないなぁ。そうだ、水も滴るなんとやらってよく言うよね? こっちきてきて西園寺さん♪」
「え……」
カナは一度思案げに人差し指を己の顎辺りに添えるが、すぐに奥の個室へと飛び込んで中から西園寺を手招いた。その行動と仕種に嫌な予感がするのは当然だ。
カナが入った個室は和式トイレ、その中で「水」なんてひとつしかない。
だが、周囲にいた女子生徒たちは西園寺の両脇から彼女の腕を掴むと、にこにこと愉快そうに笑いながら彼女をカナの元へと連行する。
――この人たちは悪魔だ。
西園寺はそう思ったが、それを口に出すことはできなかった。口にすれば、もっとひどいことをされると分かっていたから。
* * *
きゃははは、と楽しげな笑い声がトイレから遠のいていく。
そこでようやく、トートは薄く開いた口唇から小さく溜息を吐き出した。
月曜日、今日こそはと思いやってきた白華学園。
朝からターゲットとした有栖川奏恵の様子を見守ってきたが、彼女の行動は何ともひどいものだった。
カナと呼ばれる彼女は非常に可愛らしい顔立ちをしており、明朗快活な性格のせいか常にリーダーのような存在で輪の中心にいる。
男子生徒からの人気も高いらしく、彼女に声を掛けられると頬を赤らめる者も多かった。
「いやはや、クズの極みですね」
現在トートとトイフェルがいるのは、学園内にある綺麗に整備された池の傍らだ。
トートの力で水面にいじめの映像を映し出して、一部始終を見ていたのである。行われるいじめの様は、胸糞が悪くなるとしか言えなかった。まるで口に手を突っ込まれて、強制的に胃袋を抜き出されるような――見ているだけでそんな不快感と苦痛を覚える。
「トート、どうします? すぐにでも処理しますか?」
「……いや、まだ判断するには早い」
「承知しました」
トイフェルの返事を聞きながら、トートの視線は改めて水面へと降りる。映るのは、トイレに残されてうずくまる西園寺の姿。
和室トイレの中で、彼女は項垂れて座り込んでいた。
ずぶ濡れになった顔や髪は、つい今し方まで便器の中に顔を突っ込まれていた証拠に他ならない。小さく肩が震えているのは、泣いているからだろう。顔に書かれた「お化粧」という名の落書きは便器の水で半分以上落ちているが、それがなんだというのか。
悲しいなどという感情は、恐らくとうに過ぎてしまっている。今の彼女が感じているのは悲しみを通り越した、ただの苦痛だ。
「……できるだけ早く、処理しなければな」
「はい、トート」
「そういえばトイフェル、先ほどの女たちが使っていた機械はなんだ?」
「スマートフォンという物のようです、離れている相手と通話をしたり……SNSでグループチャットをしたりなど、コミュニケーションを取れるのだとか。それが、どうかなさいましたか?」
その言葉に、トートは片手を己の口元に添えて暫し黙り込む。何かしら考えているらしい様子に、トイフェルも余計な言葉を掛けることなく主人の次の言葉や反応を待った。
数分後、改めて彼の視線は水面へと降りる。そこには未だにうずくまったまま静かに涙する西園寺の姿。
「もう少し様子を見るつもりではいるが、有栖川奏恵の処理の方法を決めた」
「今回は心臓発作ではないと?」
「人の尊厳を損ねる者は、同じく尊厳を損ねた上で魂を回収する。なじられる痛みを死ぬ前に教えてやろう」
「承知しました」
それがどういう意味で、具体的に何をするつもりなのかはトイフェルには分からなかったが、別に困るようなことではない。
トイフェルにとって、トートの決定であればそれでよいのだ。
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