謁見の間での再会

 博士が何をしたのかはわからないけど、大きく揺れた城の中をユーディットやブリュンヒルデと共に駆け回る。城の中はもうメチャクチャで、綺麗だっただろう城の内装は右を見ても左を見ても無残な状態だった。


 高級そうな絨毯はボロボロに破れ、壁にはあちこち穴が空いている。城の兵士が使っていただろう槍や剣は床に散乱し、たくさんの調度品の数々が破損した状態で転がっていた。


 二階のテラスに出ると、そこには更に上へと続く階段があるらしい。他には目もくれずそちらに向かったところで、不意にユーディットが足を止めた。彼女に倣って立ち止まると、その先には大勢の騎士たちがこちらに背を向ける形で――空を仰いでいた。



「……ヘールさん? みんなも、どうしたの?」

「――! ユーディット様! それが……あれをご覧ください」



 ユーディットに「ヘール」と呼ばれた白銀の髪をした騎士の男は、こちらを見るなり複雑な表情を滲ませた。その傍にいた他の騎士たちも同じような反応だ。ユーディットが何の警戒も見せてないし、向こうも彼女にとやかく言わないところを見ると、この人たちは穏健派ってやつかな。


 取り敢えず「あれを」と示された先を見て、思わず言葉を失った。それはユーディットも同じだったらしく、彼女は驚いたような表情を浮かべたかと思いきや忌々しそうに下唇を噛み締める。


 ヘールさんたち騎士団が見ていたのは、空だった。

 青々としているはずの空には、あろうことか――皇帝やヴァージャの姿が鮮明に映し出されていた。



「な、なんだ、あれ……どうなってるんだ!?」

「あれは水と風の複合法術だよ、遠く離れた場所にもこちらの姿を見せることができる高度な術さ。皇帝のやつ……自分が神さまに勝つところを世界中に見せつけるつもりなんだ。今頃、世界中の空や水面にここでの戦いが映ってるはずだよ」

「皇帝陛下は余程自信がおありなのでしょう、今回のこの襲撃を世界征服のためのいしずえとするおつもりなのです。神に勝ったとあれば、反抗しようなどという者は恐らくいなくなるでしょうからな……」



 そういうことか。今や「神さまが再臨した」っていう噂は世界中に届いてるだろうからな。その神を自分が倒すところを見せつければ……皇帝に刃向かおうってやつは確かにいなくなるだろう、余程の命知らずでもない限りは。



「あの野郎、ロクでもないことばっか考えやがる! ブリュンヒルデ、行くぞ!」

『はい! お供致します!』



 すぐ傍にある階段を一段飛ばしで駆け上がっていくと、その後ろからはブリュンヒルデがついてくる。飛んでいけば早いんだろうけど、またさっきみたいに撃ち落とされたくないからな。

 ユーディットたちは少し遅れながらも、やっぱりその場で待つなんてことはできないらしく、同じようについてきた。その場に居合わせた騎士たちも一緒に。



 三階に駆け上がると、そこはもう謁見の間だったようだけど――とてもじゃないけど、そうは思えない状態になっていた。

 両脇の壁は失われて吹きさらしになってるし、玉座だって隅にひっくり返っている。床は大きく抉れ、柱は瓦礫と化し、煌びやかな装飾品の数々は拉げていた。



「……フィリア! シファさん!」

「――リーヴェさん!? リーヴェさん、エルさんたちが!」



 そんな荒れ果てた謁見の間の中に、すっかり見慣れた幼女を見つけた。その隣には無事に母娘の再会を果たせただろうシファさんの姿も見える。そちらに駆け寄る最中、フィリアはこちらを振り返ると泣き叫ぶように声を上げた。

 フィリアとシファさんの傍には、あちこちから血を流してぐったりとしたエルたちの姿がある。エルも、ディーアも、サクラも――それに、なぜかアフティまでいる。みんな決して浅くはない裂傷を負っていた。意識があるのかさえわからない。


 飛びついてきたフィリアを抱き留めながら、一度空を見遣る。そこでは、皇帝と斬り結ぶヴァージャがいた。

 ……あのヴァージャが、みんなの傷を癒すだけの余裕もないなんて。とにかく、ヴァージャにそれだけの余裕がないならオレがやるしかない。その場に屈んでエルたちの身体の上に片手を翳すと、その傷に意識を集中させる。すると、比較的傷が浅かったアフティが静かに目を開けた。



「うう……リー、ヴェ……さん……?」

「アフティ、なんでお前までいるんだよ!」

「だって、私たちのせいでリーヴェさんが連れて行かれたんだもの……少しでも、みなさんの役に……立ちたくて……」



 ……馬鹿野郎、身体が丈夫じゃないのに無茶しやがって。

 ……でも、オレっていつもこうだな。いつも、周りの環境にも人にも本当に恵まれてるんだ。


 昔から無能無能って言われてはきたけど、ミトラやサンセール団長が才能よりも中身を見てくれたから、カースに傾くんじゃなくてグレイスでいられたんだ。

 旅の間に知り合ったフィリアもエルも、ディーアも……最初はちょっと抵抗があったサクラも、みんないいやつで。マティーナやマリーにハナ、ベイリーたちも、……それにシファさんやユーディットも。

 傷つくこともあったけど、そんなこと気にならなくなるくらいみんなに支えられてきたし、大切にもされてきたんだ。



『リ、リーヴェ様!? ど、どうされたのですか!?』

「え?」



 慌てたようなブリュンヒルデの声に意識を引き戻すと、隣ではフィリアとシファさんが瞬きも忘れたように目をまん丸くさせてこちらを見ている。次に何気なく自分の身体を見下ろしてみれば、何がどうしたのか、全身が力強い光に包まれているようだった。まるで呼応するかのように錫の剣が勝手に錫の音を鳴らす。


 その光は四方八方にふわふわと飛び回り、エルたちの身に纏わりついたかと思いきや、刻まれていた傷を瞬時に治してしまった。それは隣にいたフィリアとシファさん、ユーディットの元にも飛び、彼女たちを柔らかく包み込む。



「こ、これ……なんでしょう、初めてリーヴェさんに助けてもらった時よりも……」

「暖かいわ、とても……なんだか、力が湧いてくるというよりも身体に馴染んでいく感じ……」

「……不思議だね、これがグレイスの力なの? ……気持ちが落ち着いていく気がするよ」



 グレイスの力なの? って言われても、オレ自身はその効果を受けたことがないからどういう感覚なのかはわからないんだけど……。

 何が起きたのかよくわからずにいるオレをよそに、エルたちも気がついたようだった。つい今し方までぐったりしてたはずなのに平然と身を起こすものだから、そんなにいきなり起きて大丈夫なのか心配になる。



「リーヴェ、あなた……何をしたの? 不思議……荒れていた気持ちが落ち着いていくみたいだわ」

「ああ、普通に法術をかけてもらった時とは……なんか、全然違う」

「はい、……暖かい気持ちになります。上手く言えませんけど……」



 サクラにディーア、エルも……みんな怪我なんてなかったみたいに自分の手の平を眺めてそんなことを呟く。正直、オレにも状況がよくわからないんだけど……。



「……なんだ、それは……!? 反吐が出そうなほどに不愉快な光だ……!」



 そこへ、それまで空で戦っていただろう皇帝が謁見の間の隅に降りてきた。その全身は剣から発せられるドス黒いオーラに包まれていて、思わず目を背けたくなる。

 皇帝は剣を構えると、文字通り忌々しいものでも見るように表情を顰めて一直線にこちらへと駆け出してきた。

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