危険な武器

 錫の剣から放たれた光は部屋全体を力強く包み込み、更に大きく広がりを見せた。

 現在地からじゃどこまでその光が広がったかは確認できなかったけど、それまで苦しそうに呻いていたカースたちの身体は、綺麗に癒えていた。腫れていた部分は何事もなかったかのように元に戻り、あろうことか歯まで再生しているようだった。


 オレが触れた男の腕も、ちゃんと人のものに戻っている。……よかった、オレじゃこの人たちが今どのくらいのカースなのかはわからないけど、魔物化が落ち着いただけでも充分だろう。


 博士と睨み合っていたオッサン――ニザーは、それを目の当たりにして悔しそうに数度ほど地団駄を踏んでから、落胆したようにその場に膝から崩れ落ちた。



『す……すごいです、リーヴェ様、今何をなさったのですか!?』

「何って、この錫の剣が……」



 オレはカースたちが少しでも楽になれるようにって願っただけで……それ以外はいつかの時みたいに、この錫の剣が全部やってくれたんじゃ……。

 ブリュンヒルデは少しばかり興奮したように目を輝かせて辺りをぐるりと見回した。



『帝都全体を覆っていた重苦しいものが綺麗に消えています、これなら……!』



 ……そういえば、この辺りは異様に空気が重いってヴァージャもさっき言ってたっけ。あれが晴れてくれたなら、ヴァージャだって本来の力を発揮できるはずだ。それでも皇帝にはたくさんの重複したグレイスの力があるから、まだ差はあるかもしれないけど……。



「いやいや、これはすごいね……リーヴェが規格外のグレイスだとは聞いてたけど、思ってた以上だ」

「そ……そう?」

「うん、グレイスとカースは、要は周りの力を高めるか弱めるかだろう? があるとは聞いてないよ、これは研究し甲斐がありそうだなぁ」



 そう言って笑う博士の顔は、なんか異様に怖かった。まあ、なんだかんだ博士はいい人だから、危害を加えるような物騒な研究はしないだろうけど。

 とにかく、この場にいる人たちを早く安全なところに連れてって保護したいけど、オレは早く上に――みんなのところに戻りたいし、どうしたらいいかな。



「くそ……ッ! くそぉッ! これではワシの研究が……おのれぇ!!」

「――!? 博士!」



 すると、落胆したようにその場に膝をついたニザーが懐からナイフらしきものを取り出して、博士目掛けて突進した。そのナイフには刀身が見えないほどの禍々しい黒いオーラが纏わりついていて、一目でヤバい代物だってことがわかる。咄嗟に声を上げたけど、その刃は無情にも博士の背中に突き刺さったようだった。直後、博士の綺麗な顔面が痛みに歪む。



「ニザー……ッ!」

「はっ、はははっ! ば、馬鹿め、油断したな! 初めからお前が気に入らなかったんだ、お前みたいな若造がワシより優れた研究者なわけがない! これでお前も終わりだ、グリモア!!」



 ニザーが手にするナイフからは、次々に黒い靄が立ち上り、博士の身体を包み込んでいく。博士は後ろにいるニザーを振り返ったけど、その顔には苦しそうな色が滲む。それを見て、当のニザーは勝ち誇ったように顔面に笑みを浮かべた。



「そ、れは……」

「わはははッ! これはカースどもの力を凝縮したナイフだ! これは試作品だが、お前を無能まで突き落とすには充分だろうよ! これでお前の天才的な頭脳はなくなり、ただの凡人以下になるのだ! 今日が天才博士の命日だなぁ!!」



 そんな――カースの弱体化させる効果を持った武器って……そうか、皇帝がアインガングで使ってた武器は、こいつが研究して造ったものだったのか。ロクでもないもん造りやがって!

 とにかく博士をあのナイフから引き剥がさないと、と思って駆け寄ろうとしたところで、それまで苦しそうな表情を滲ませていたグリモア博士が途端ににこりと笑ったものだから、思わずその足も止まる。すると、博士は自分の背中にナイフを突き立てるニザーの手をがっしりと掴んだ。



「なるほど、よくわかったよ。教えてくれてありがとう」

「へ……?」

「随分と禍々しいものを感じる、アインガングで皇帝が振るっていたものよりも精度が高そうだ。これがうっかりヴァージャ様に向けられていたら危なかったよ。でも、残念だったね――」



 それに対して一番驚いたのは、他でもないニザー本人だ。思わずナイフから手を離したのを博士は見逃さず、身体ごとそちらに向き直りながら、次にニザーの胸倉を掴み上げた。



っていう概念がない僕には、グレイスの力もカースの力も何ひとつ作用しないんだ」

「ば、馬鹿な……!? うぐッ!!」



 博士は涼しい声でそれだけを告げると、掴み上げたニザーの身を放り投げてしまった。重力に倣って顔面からべしゃりと床に落ちたニザーの口からは潰れたカエルのような声が洩れる。博士はそれには気にも留めず、背中に刺さったままのナイフを引き抜いてしまうと、手の中で――多分何らかの魔術を使って粉々に砕いてしまった。

 ……そっか、博士って人造人間だもんな。才能ってもんがないのか。



「は、博士、大丈夫なのか……?」

「僕は何ともないよ。それより急ごう、これは試作品って言ってたけど、既に完成したものもあるかもしれない。こんなものが複数あったら、大変なことになるからね」

「ああ、でも……この人たちはどうしたらいいかな」



 確かに、カースの力を凝縮した武器なんてもんがゴロゴロあったら大変なことになる。せっかく元に戻ったヴァージャの力がまた極限まで弱まったら……皇帝を倒す云々じゃなく、この世界が崩壊しちまう。

 そこで、ティラが傍まで駆け寄ってきた。



「わたしに任せて、この人たちを守ればいいんでしょう?」

「あ、ああ、そうだけど……頼める?」

「サンセールさんたちが上の兵士たちの相手をしてるはずだから、声をかけておくよ。彼らと合流できたらそのまま外へ、その方が安全だ」

「わかったわ、……サンセールさんなら知ってるから大丈夫」



 どうやら、ここはティラに任せても問題なさそうだ。心配そうにこちらを覗き込むユーディットに向き直ると、上の階を指し示す。それを見て、彼女はしっかりと頷いた。

 ブリュンヒルデや博士と共に部屋を出た先――そこには、リュゼたち諜報員が倒れ込んでいた。……すごいな、これ全部ユーディット一人でやったのか。リュゼは意識があるみたいだけど、残りの三人は完全に気絶してる。



「こ……皇帝陛下に、敵うわけ……ないだろ……ッユーディット、お前……後悔、するぞ……」

「……敵わないからって諦めるのはもう嫌なのよ。あんただって、昔はそんなに諦めのいい人じゃなかったのに……あたしは、諦めの悪い昔のあんたが好きだったよ」



 ユーディットはそれだけを呟くと、先に上の階へと向かっていった。リュゼを振り返ることもしないまま。……二人の過去をよく知らないからオレに言えることは何もなさそうだ。頭を垂れてしまったリュゼに構うことなく、そのままユーディットの後を追いかけた。

 話なら後でもできる。今はとにかく、皇帝を倒すことが第一だ。

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