会いたかった

 できるだけ風の抵抗を減らすべく、うつ伏せになる形でブリュンヒルデの背にしがみつく。ブリュンヒルデはさっきの言葉通り、猛烈な速度で空を飛行する。眷属というだけあって、恐らくヴァージャがどこにいるのかハッキリわかるんだろう。その動きには一切の迷いがない。……そういや、スターブルに戻る時にも狂いなく迎えにきてくれたしな。


 城のあちこちから火の手が上がり、どこも大騒ぎのようだ。王城の周りには、帝都の住民だろう連中が野次馬根性丸出しに集まってるのが見えた。


 ブリュンヒルデが向かう先は、王城のちょうどド真ん中辺り。外観からして、その空間はかなり広く造られているように見える。謁見の間とか、そういう場所かな。

 その時、両脇に建つ円柱型の塔の窓からデカい砲台が現れて、こちらに向けられた。それを見て、ブリュンヒルデはオレたちに直撃することを危惧してか慌てたように止まる。



「ま、待て! ユーディット様がいらっしゃる!」

「くそッ! 皇妃様を人質にするなんて卑怯だぞ!」



 今まさに大砲を撃ち込もうとした兵士たちはブリュンヒルデの背にユーディットの姿を見つけたらしく、悔しそうな表情を浮かべた。……よかった、とんでもない誤解されてるけど、ユーディットは兵士たちにはちゃんと大事にされてるみたいだ。

 でも、そんなやり取りを聞いて当のユーディットが黙っているわけもなく。彼女は伏せていた身を起こすなり、ブリュンヒルデの背に立ち上がって声を上げた。



「何を言っているの!? 私は望んでここにいます! 皆、他の者たちを纏めて強硬派を制圧なさい、これ以上あの者たちを調子づかせてはいけません!」

「ユーディット様、では……!」

「帝国の外の者たちとの戦いを避けるのも、変わり果てた帝国を変えるのも、今のこの瞬間しかないの。この機を逃せば、皇帝はもう誰にも止められない。本格的に戦争になってしまう。だから……お願い」



 ユーディットのその懇願に対して、兵士たちは誰一人として目配せをして周りの顔色を窺うことはしなかった。その場に居合わせた全員がほとんど遅れも狂いもなく、同時に敬礼してみせる。その顔には弾けんばかりの笑みが浮かんでいた。とても嬉しそうな笑みが。そうして、次の瞬間には早々に砲台を塔の中へと引っ張り戻し、城の中に引っ込んでいった。


 ……帝国も一枚岩じゃないってわけだな。今まで見てきた帝国兵はロクでもないのばっかりだったけど、この帝都には話がわかるのも多そうだ。今まで外に出てきた帝国兵は、世界征服に賛成してる連中だけで構成されてたんだろう。そりゃそうか。



「ユーディット様……よかったですね、本当に……」

「ええ、まだ安心はできないけど、あの子たちならきっとやってくれるはず……帝国が先代の皇帝の世に戻るにはまだ時間がかかるけど、ここを乗り切れば大きな一歩になってくれるわ」

「先代の皇帝の世……?」



 兵士たちが城に戻っていったのを確認して、再びブリュンヒルデは王城の中央へと向かい始める。オレたちは改めてその背に掴まりながら、ふと気になったことをユーディットとシファさんに聞いてみた。



「リーヴェも知ってる? 今の帝国は……天才ゲニー秀才グロスしか住めないっていうこと。先代の皇帝の世ではそんなことなかったのよ、才能に関係なく誰でも住める場所だったの。シファさんには娘さんがいるんだけど、今の皇帝になってからその娘さんを追放されてしまって……今の帝国には、そういう人がたくさんいるわ」


 ユーディットはシファさんをはじめとした他の者たちのことを想ってか、痛ましそうに表情を顰めながら教えてくれた。確か、初めてフィリアに会った時にそう言ってたな。フィリアは先代の皇帝の世に生まれたけど、その皇帝が崩御して今の皇帝になった時に追い出されたって。


 ……ん? フィリア?

 その時、これまでバラバラだったいくつもの線が一本に繋がったような気がした。



「……あのさ、シファさんのその娘さんって……十歳の女の子? フィリアって言わない?」

「――!? あの子をご存知なんですか!?」

「は……はは、ヴァージャがいるなら多分フィリアもここに来てると……思います。自分を追放した皇帝を今の座から引きずり下ろしてやるのが目的って言ってたから」

「まあ……! たくましくなって……!」



 いや、愛娘がこんな危険な場所にいるかもって時に出てくる感想が「たくましい」なの? フィリアのやつ、昔からお転婆なお嬢様だったんだろうな。普通の淑やかな女の子だったなら真っ青になって心配するよ。

 それにしても、誰かに似てると思ったんだよなぁ、なるほど。じゃあ、このシファさんがフィリアの……母さんか。不思議な縁もあるもんだ。こりゃ余計に早くみんなと合流しないと。



『――リーヴェ様! 緊急回避します! 掴まってください!』

「えっ」



 袖口で涙を拭うシファさんをユーディットと一緒に微笑ましそうに眺めていた矢先、不意にブリュンヒルデが焦ったように声を上げた。慌ててそのふわふわの毛を片手で掴んだけど、ユーディットとシファさんにはブリュンヒルデの声は届いてない。

 次の瞬間、ブリュンヒルデが大きく右に逸れると、二人は宙に投げ出されてしまった。慌てて手を伸ばした直後――轟音と共に脳が揺れるような衝撃を受けた。


 何が起きたのかわからなかったけど、ブリュンヒルデの回避が完全には間に合わず、下から何らかの攻撃を受けたようだった。その拍子にオレも背から投げ出されたらしく、一瞬感じた浮遊感の次には落下する独特の感覚を受ける。胃が引き攣るような、ヘルムバラドのアトラクションで何回も経験したやつだ。


 攻撃を仕掛けてきただろう方を見てみると、そこは今まさに向かっていた王城の中央部分だった。内部からの攻撃が屋根を突き破ったらしく、大きくて立派なその屋根はド真ん中にデカい穴が空いていた。さっきの轟音はあの屋根が突き破れた音か。

 辛うじて見えた内部には――あの忌々しい皇帝の姿がある。それに、エルやディーアの姿も。どうやら、あの内部でもう皇帝と激突してるようだ。



「ブリュンヒルデ! 二人を!」



 こっちに来ようとするブリュンヒルデに声を上げると、当のブリュンヒルデは軽く惑った後、先に投げ出されたユーディットとシファさんの方に猛烈な勢いで飛んでいった。


 あの中央部分では、エルたちが既に皇帝と戦ってる。

 こういう状況でも、相手がどんなやつでも、どんな時だって、目の届く場所にオレがいて――



「――っ!」



 ……ヴァージャが、オレを放っておくわけないんだよ。

 落下する身が何かに抱き留められるような感覚に、詰めていた息が勝手に洩れる。脇腹を抱く形で受け止めてくれたのは、やっぱり今日も顔面偏差値が高すぎる相棒だった。……会ったばかりの頃も、こうやって落っこちるのを助けてくれたっけ。



「……無事か、リーヴェ」

「ああ……なんとか」



 地下にカースたちがいるとか、フィリアの母さんと偶然会ったとか、会ったら話すことはたくさんあったはずなのに、出てきたのはそんな一言だけで、他は上手く言葉にならなかった。

 会いたかった。会いたかったんだ、こいつに。でも、会ったらそれだけで胸がいっぱいになっちまった。

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