三つ巴

「おいおい、お前さんモテるねぇリーヴェ。誰だい、この兄ちゃんは?」

「ククッ、モテてんのはそいつの力だけだ。俺様だって好きであんな無能野郎を追い回してるワケじゃねえよ」

「ハハハッ、なになにツンデレってやつ? こんなに可愛くないツンデレってある意味すごくない?」



 リュゼとマック――オレにとって特に嫌なやつ二人が互いに睨み合う。不幸中の幸いか、こいつらが手を組むなんて可能性は万にひとつもなさそうだ。どちらも表面上は笑ってるけど、目は互いを睨みつけていて今にも殴りかかりそうな雰囲気だった。


 吹き飛ばされたハナはマリーに助け起こされたけど、全速力で走るのは難しそうだ。打撲――最悪骨折かヒビが入ったのか、苦しそうに表情を歪ませている。……かと言って治療の暇なんて与えてくれそうにないし、オレが背負って出口まで走るか……?

 いや、駄目だ、アフティがいる。ただでさえここまで走ったことで身体がつらいだろうに、彼女を放っておくこともできない。どうする――出口はもう目と鼻の先だってのに。


 リュゼとマックの動向を窺う最中、今まさにその出口の扉が開かれた。組織の誰かが来てくれたのかと思ったけど、そう都合よく事が運んでくれるはずもなくて。マックがいるってことは、当然その仲間だって近くにいる。扉から入ってきたのは、ティラだった。ティラはこちらを確認するなり、腰裏から細身の剣を引き抜く。



「ティラぁ! そいつら捕まえておけ! 無能ども以外は好きにして構わねえ!」

「わかったわ」



 マックはリュゼと睨み合ったまま、ティラにそう声をかける。その指示を聞くなり、ティラは躊躇するような間も置かずに駆け出してきた。ああもう、面倒くさい!



「――っ、走れ!」

「ううぅ、もうすぐ外だったのに! ハナ、しっかり掴まってて!」



 リュゼが空けた穴から外に出ようにも、あの二人がその脇を快く通らせてくれるわけがない。となると、行ける場所と言えば来た道くらいのものだ。アフティの手を引いて、悪いとは思いながらも全速力で来た道を戻る。ハナはマリーが抱きかかえ、ベイリーがその前を先導するように走る。マリーはごく普通の女の子なんだ、人一人を抱いた状態で速く、それも長い距離なんて走れるもんじゃない。


 廊下の突き当たりを曲がったところで、脇にいくつか扉を見つけた。考えてるだけの余裕はないし、中が安全であることを願いながら一番近くの扉を開けてみると、その中は食料の貯蔵庫らしかった。青い顔をしてるアフティをその中に押し込み、続いて廊下を曲がってくるベイリーたちを手招く。


 ベイリーに続いて、その後に続いてきたマリーとハナを中に入れたところで、アフティが口を開けた。慌てて、彼女の口を手で塞ぐ。せっかくよさそうな場所見つけたのに、騒いだらすぐ見つかっちまう。



「待って、リーヴェさ――」

「シーッ、大丈夫だから、できるだけ息を殺してここでジッとしてろ。必ず誰か来てくれるから」



 すぐ近くの廊下から、駆ける足音が近づいてくる。もう時間がない。

 慌てて出てこようとするベイリーやマリーを押さえるべく強引に扉を閉めて、そのまま近くにあった階段を二段飛ばしで駆け上がった。注意を惹き付けるために床を強めに靴裏で叩くだけで、ティラはすぐにこちらに反応したようだった。



「っ! リーヴェ!? 待ちなさい!」

「やだね!」



 ティラが廊下の突き当たりを曲がってきたのを敢えて確認してから、そのまま二階に駆け上がる。そうだ、こっちこい、こっち。マリーたちを人質にとられでもしたら――と思ったけど、完全に頭に血が上っていて、そういうことまでは考えられないようだ。多分、近くの扉の先にマリーたちが隠れていることにも気づいてないだろう。あとは、こっちに注意を惹きつけて……。



「(……どこに、逃げたらいいんだ)」



 注意を惹きつけると言っても、ここは敵まみれなんだ。右や左もよくわからない、こんな中でどこをどう逃げればいい。二階部分はあちこちから争いの音が聞こえてくる。折返し階段を更に駆け上って三階部分に行き着くと、ここは他よりは静かだった。


 階段を上りきった先にある窓から外を見ても、高さはそれなりにある。そりゃそうだ、三階なんだから。もういっそのこと、窓から外に飛び出すか……? でも、屋敷全体を囲うように、先が尖った柵が隙間なく設置されている。……難しそうだ。



「――っ、は、ぁ……はぁ……リーヴェ、つか、まえた……」



 そうこうしているうちに、追いかけてきたティラに衣服の裾を掴まれた。ここまで全速力で走った上に休みなく階段を駆け上がってきたせいで、オレもそうだけどティラも完全に息が上がっていて、つらそうだ。衣服の裾を掴む手にだって、あまり力が入ってない。



「……ティラ。マックの言うこと聞いてたら、あいつがいつか自分だけを見てくれるとか、本気で思ってんの?」

「……なんですって?」

「ティラより付き合いが長いサクラやヘクセたちだって、あんなふうに切り捨てられたんだ。……本当はわかってるんだろ」



 マックは、きっとティラのことだっていつか捨てる。リスティのことだけは、自分が強くなるために大事にするかもしれないけど。……ティラだって本当はわかってるはずなんだ。

 すると、何を思ったのかティラは顔を伏せがちに静かにオレの衣服から手を離した。その手が微かに震えてるように見えるのは、多分気のせいじゃない。



「……わかってるわよ。リスティとかいうあの女が現れてから、マックは目に見えて変わったもの。でも、どうしろっていうの? あなたが、またわたしと婚約してくれる?」

「いや、それは無理。オレもう恋人いるから」



 どうって……マックにばかり固執しないで、ティラはティラなりの幸せを探したらいいんじゃないかって思ったんだけど。続く言葉には、ほとんど反射的に拒否の返答が出た。だって、そうだろう。今までされたことやぶつけられた言葉の数々を思い出したら、とてもじゃないけどそんな道も可能性もない、あるわけない、あってたまるか。こっちは殺されかけたんだぞ。


 けど、その返答はティラにとっては信じられないものだったらしい。つい今し方までの気落ちした様子もどこへやら、今度は胸倉を掴んできた。



「……はああぁ!? あなた、本当にそんな相手がいるわけ!? さっきの女のどれかかしら、それとも別の相手!?」

「だ……誰だっていいだろ、ティラにはもう関係ないよ」

「――っ!」



 そう返答すると、ティラは傷ついたような顔をして下唇を噛み締めて俯いてしまった。

 関係ない――は、ちょっと冷たかったかなとは思うけど、本当のことなんだ。オレたちが同じ道を歩む可能性は、ティラがマックと組んだ時にもう潰えてしまった。けど、ティラだってまだやり直せる、もっともっといい相手だってきっと見つかるはずなんだ。



「――ふふふ、痴情のもつれというやつか? 何やら愉快そうな話が聞こえてくるではないか」



 そんな時、何とも言い難い声がひとつ聞こえてきた。聞き覚えはないはずなんだけど、でもどこかで聞いたような声。その声を聞くなり、ゾッと全身が粟立つようだった。


 ティラと一緒にほとんど反射的に声のした方に目を向けると、そこには一人の男の姿。中分けにされた長い黒髪と、血のように真っ赤な目。確かに初対面のはずなのに、全身が拒絶するようだった。

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