駄目そうな雲行き

 まだ夜も明けきらないうちから、オレとアフティは馬車に押し込まれた。まるで動物か何かのように頑丈な檻に入れられて。


 けど、アフティと一緒に押し込まれたお陰で彼女はこっそりと色々なことを教えてくれた。馬車は随分とオンボロらしく、車輪の音が一定の間隔でやかましく鳴る。ガタンゴトンという独特の音と一緒になって、オレとアフティの声はマックたちの元に届かず消えているようだった。



「……なるほどね、おかしいと思ったよ。あのマックのやつが母子の感動の対面なんか考えるわけないんだから」

「こ……怖く、ないんですか……? これからアインガングに……いいえ、帝国に連れていかれるのに……」

「……怖くないよ」



 ――怖いよ、大嘘だよ。怖いに決まってるだろ。

 でも、ここでオレが怖がってたらアフティが余計に不安になる。今だってマックに話し声が聞こえてしまうかもしれないとビクビクしてるのに。それに、オレが怖がってたらマックの野郎の思うつぼだ。あいつの思い通りになるなんて冗談じゃない。


 アフティが教えてくれた話は――マックはオレをコルネリアに会わせて金をせしめた後、スコレット家からも連れ出して皇帝に引き渡そうとしている、というものだった。オマケに、その際にできるだろう隙を突いて皇帝を倒そうとしているんだとか。つまり、マックが今の皇帝を倒して新しい皇帝になろうってわけか。そう上手くいくかね、相手は今の世の中で一番強いと言われてる皇帝だぞ。


 ちなみに、アフティがヘクセたちのように斬り捨てられなかったのは、マック曰く「あの野郎を倒すために必要だから」だそうだ。っていうのはヴァージャのことで、アフティのカースの力を使って弱体化を狙ってるんだろう。彼女がもうカースの力を持っていないとも知らずに。



「(……けど、グレイスを味方につけたマックも……認めたくないけど強かった)」



 ほとんど目で追えないような動きだった。ヴァージャでも、今度ばかりは……もしかしたらキツい戦いになるのかもしれない。でも、あの気性難のヤバい武器があるし

、ヴァージャが負けるところなんてやっぱり想像できないわけで。


 ちら、と御者台の方に目を向けると、手綱を握るマックの背中が見える。その隣にはリスティが身体をべったりと擦りつけるように座っていた。……リスティだって他のクランと一緒に調査に出てたはずなのに、あの女め。ヴァージャにフラレたからってあっさり寝返ったのか。


 マックを間に挟んで反対側に座るティラがどんな顔をしてるかは、この位置からじゃわからないけど……なんとなく空気が張り詰めてるような気がした。そりゃそうだよなぁ、アフティはマックのことを怖がってるし、ヘクセやロンプをはじめとした他のウロボロスメンバーはみんないなくなった。邪魔者は全員片付いたと思った矢先に、もっと面倒そうなライバルが現れたんだ、ティラにしてみれば冗談じゃないだろう。



「(とにかく、今はなんとかしてアフティとエルを会わせたいんだけど……彼女のカースの力を利用するつもりなら、そう簡単に解放してもらえなさそうだな。カースの能力がなくなってるなんてわかったら、ひどい目に遭わされるかもしれない)」



 腹は立つけど、オレがいないと金はもらえないし、皇帝に取り入る隙だって生まれない。だから、考えようによってはオレは一応安全なんだ。殴られることはあるかもしれないけど、命を取られることはないだろう。だから、今は取り敢えずオレの傍にいてもらった方が安心だ。帝都までの道中で上手く隙を見つけて……アフティだけでも逃がせたらいい。このままだと、彼女も皇帝のために帝都に幽閉されちまう。



「(ヴァージャは……あいつは来るなって言っても、きっと来ちまう。命の危険がないなら、オレは無理に脱走するよりものんびり構えてた方が安心か。みんなの目的地も帝都だしな……)」



 まあ、まず考えるべきは「アインガングでの交渉」だな。セプテントリオンとして交渉するのは駄目になっちまったけど、グリモア博士が言ってたこと、オレが聞いてみるか。


 ――今の皇帝の考えや在り方を、スコレット家はどう思ってるのか。


 上手くいけば余計な戦いはしないで済むし、アインガングでみんなと合流できるかもしれない。そうなってくれたらいい。


 マックの肩越し、行く先には高い岩山と物々しい建物が見えてきていた。



 * * *



 アインガングは、難攻不落の城塞都市だとグリモア博士が言ってた。

 そう言われる所以ゆえんは、第一にその環境だろう。アインガングに入る道は一本道で、その両脇は切り立った岩山で囲まれている。都市の周辺まで続く岩山は雲の上まで高く聳えていて、この山を越えて帝国に入るのは難しそうだった。こんな岩山に立ち入れば誰だって進むだけで精魂尽き果てちまう、最悪の場合は遭難しそうだ。アインガングを攻めるのに山越えルートは現実的じゃない。


 となると、正面突破になるわけだけど。

 一本道の両脇に聳える岩山の上には見張り台が複数建てられていて、出入国する者を常に帝国兵が見張っているようだった。少しでも怪しいやつがいたら、いくつもの見張り台から集中砲火を浴びることになるんだろう。物々しい無数の砲台が、威嚇でもするように常にこちらに向けられていた。


 グリモア博士が南から攻めようとするわけだ。他にアインガングに通じてる道はなさそうだし、嫌でもここを通るしかない。どうやって突破しろっていうんだ、これ。まあ……ヴァールハイトなら空から入れると思うけど。



「リーヴェ、コルネリア様がお待ちよ」

「……そう」



 馬車の後方から見える外の景色に目を向けていると、すぐ近くからティラの声がした。檻のすぐ傍に寄ってきた彼女は、やっぱり不満そうだ。まあ、オレにはもう関係ないことだからティラの恋愛事情に口を挟むのはやめておこう、文句言われるのも嫌だし。


 それにしても……コルネリア様がお待ちだって? ここ、まだアインガングの中じゃないみたいだけど……。



「本当ね!? 本当に私のリーヴェがいるのね!?」



 そんなことを考えてると、馬車の外から耳慣れない女の声が聞こえてくる。ああ……てっきりアインガングの屋敷かどこかでふんぞり返ってるものだとばかり思ってたけど、待ちきれなくて外まで出てきちゃったパターンか……。



「リーヴェ! リーヴェ、どこ!?」



 程なく、馬車の真後ろから顔を覗かせた女の顔を見て、これまでに何度も見てきた夢が重なった。昔の夢を見た時はいつも母親らしき女の顔はぼやけていてよくわからなったけど、その女の顔を見た途端、パズルのピースがハマったみたいに記憶が明瞭になった気がした。


 コルネリアらしき女はオレの姿を確認するなり、その顔をパッと輝かせる。



「ああ……! 間違いないわ、この子がそうよ! よかった、これで皇帝陛下のお役に立てるわ! 我が家も安泰よ!」




 「皇帝陛下のお役に立てる」かぁ……これは、話す前から交渉決裂が目に見えてるな。

 四十代前半くらいのその女は上質そうなドレスに身を包んでいて、……オレと同じ、色素の薄い桜色の髪をしていた。

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