ヘクセとロンプ
マックは南大陸の小さな農村で生まれた。
村出身のマックが外で活躍すれば、村の名が周囲に知れる。そうなれば、村の発展が望めるわけだ。マック一人を猫可愛がりする裏で、蔑ろにされた者がどれだけいたかはわからないけど、天才マックの存在は当時の村の者たちにとって明るい希望だったに違いない。
そのマックが歪み始めたのは、村の名が世間に知れ渡り始めた頃。
これまでは自分中心だったマックの生活は、村の名が知れ始めると徐々に変わっていった。人の来訪が増え、行商人たちが居着くようになると次第に生活も便利になっていく。最初はマックに媚びていた大人たちも、人々の訪れと共に忙しくなり、マックのことは二の次、三の次になっていったらしい。これまで、何を差し置いても最優先にされていたマックにとって、人々の変わりようは許し難いものだったようだ。
その生活に我慢できなくなったマックが村を飛び出して『ウロボロス』を設立したのが、十八歳の時。今が二十三くらいだから……大体五年前くらいになるのか。
ヘクセがマックと知り合ったのはマックが二十歳の頃で、いずれは一国を築く王になるのだと熱く燃える姿にほとんど一目惚れだったそうだ。当時のヘクセから見れば、熱く夢を語るマックは何より格好良かったんだろう。
国を築いた暁には、故郷の村の人たちを見返すために南大陸全てを統治するつもりだったとか。けど、サンセール団長率いるウラノスがいたことで、そう簡単に事が進まなかったわけだ。団長がいない隙にウラノスを倒そうと思ったらヴァージャにコテンパンにのされて赤っ恥かいて、そこから復讐に重きを置くようになっちまったんだろう。
……オレだったら、自分のお陰で村が繁栄したら嬉しくなっちまうけどなぁ。小さい頃から自分を最優先にされて育つと、マックみたいになるものなのかね。
「いずれは一国を築くのだと熱く夢を語っていたマックは、もういませんわ。今いるのは、ただの復讐の鬼……もしかしたら、初めから利用されていただけなのかもしれませんわね」
「……それでも、自分たちさえよければ周りなんてどうでもよかったんだろ。オレはやっぱりお前らのことは嫌いだね」
ヘクセたちは、彼女の言うようにもしかしたら最初からマックに利用されていただけなのかもしれない。けど、だからって「マックはひどいやつだな」なんて感想にはならないんだ。ウロボロスにはオレを含めて色々なやつが蔑まれてきたし、ヘクセたちだってそれに乗り気だったんだから。
すると、彼女はこちらを振り返っていつものように挑発的な笑みを浮かべた。
「ええ、わたくしもですわ、誰があなたのことなんて。……でも、嫌いなあなたに借しなんて作りたくありませんの。あなたたち、アインガングへ向かうんですって? 背後から不意を突かれないよう、潜伏している帝国兵を探しているのだとか?」
「……そうだけど」
「ふん、それなら安心してお行きなさい。不本意ですけれど、あなたたちの背中はわたくしたちが守って差し上げますわ」
告げられた言葉を理解するのに、しばらく時間がかかった。だってそうだろう、どうせまた文句だの嫌味だのが飛んでくるものだとばかり思ってたんだから。オレが黙り込んでいると、ヘクセは面白くなさそうにムッとしてまた睨みつけてきた。
「なんですの、その顔は。何かおかしなことを言いまして?」
「いや、だって、なんでそんな……わかったぞ、安心させておいて後ろから撃ってくる気だろ、サクラが言ってた」
「んな……ッ!? そりゃあサクラごと撃ったことは何度もありますけれど、今回は別ですわ! あなたに借しを作りたくないと言ったでしょう! 無能無能だと思っていましたけど、本当にどうしようもないおバカですのね!? 言っておきますけど仲間だなんて冗談ではありませんわよ、利益があるから提案してるだけですからそれをお忘れなく!」
「やっぱ撃ったことあんじゃねーか! ああ、仲間だなんてこっちから願い下げだね!!」
なんてこった、サクラが安心して戦えるって言ってたのがよくわかる。オレとヴァージャだけならともかく、フィリアたちまでいるのに背後にこんな危険なやつを置くなんて冗談じゃない。どう断ろうか、このまま放置して家に戻ろうかと考えていた矢先、また別の声が聞こえてきた。
「あー! いたいた、ダメじゃないヘクセ、まだ寝てないと!」
その声に反応してそちらを見てみると、先ほどの家から出てきたのはロンプだった。さっきの治療のお陰で、彼女の頬に刻まれていた傷も綺麗に消えている。ロンプは嬉しそうに笑いながら、手を振ってこちらに駆け寄ってきた。けど、オレの姿に気付くなり目をまん丸くさせて、その手で軽く後頭部を掻いてみせる。
「無能クンも一緒だったんだぁ。ごめんね、話の邪魔しちゃったかな」
「……あのさぁ、いい加減その無能クンってのやめてほしいんだけど……」
「あ、そっか、ええっと、えっとぉ……」
ロンプはヘクセのように突っかかってくることはないようだ。最初こそ微妙な距離間だったけど、治療したことですっかり信用されてしまったらしい。無邪気なタイプだとは思ってたものの、彼女は想像以上に素直そうだ。
でも、要求をぶつけた途端、その目が困ったように宙を泳いだ。彼女の隣にいるヘクセまで目を逸らしてくるものだから、ややしばらくの逡巡の末、ひとつの可能性に行き着く。まさか、まさかとは思うんだけど――
「……なあ、お前ら……もしかして、オレの名前、覚えて……ない?」
「えへ、興味ない男の情報はすぐ忘れちゃうんだぁ……ごめぇん」
舌をちょっと出して可愛らしく笑いながら、ロンプがそう答えた。興味持たれても困るしそこは別にいいんだけど、それは別として彼女のその返答はオレの心の深い部分にぐっさりと刺さった気がした。こいつら、ほんと揃いも揃って……なんか色々と馬鹿らしくなってきた。
「リーヴェ、リーヴェ・ゼーゲンだ! 今度こそ覚えとけ、この野郎!」
「ご、ごめん、ごめんってぇ~! 恩人だもんね、もう忘れないよぉ~!」
……ヘクセだったら言い返してくると思うけど、こうやって謝られるとそれ以上怒る気もなくなる。元ウロボロスの面々もみんな尖ってるわけじゃないみたいだし、ヴァージャとディーアが戻ってきたら、さっきのヘクセの提案のこと話してみるか。本当に彼女たちが背中を預かってくれるなら有難い話だ。……正直気に入らないけど、そんなワガママも言っていられないしな。
「――ゼーゲンねぇ……スコレットの間違いだろ?」
けど、そんなオレの思考を綺麗に止めたのは、思わぬ方向から聞こえてきた聞き覚えのある声だった。できればあまり聞きたくない声。
反射的に振り返った先には、月明りに照らされながらこちらを見据えるマックが佇んでいた。その顔に不気味な薄笑いを浮かべて。
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