すっかり忘れてた厄介事
水汲みには、マリーともう一人女の子が同行してくれた。
彼女はハナといって、亜麻色のポニーテールの髪が印象的な女の子だ。マリーとは同じ街の出身らしく、彼女もマリー同様に
最初は元気な女の子が二人ついてきてくれるということでちょっと嬉しかったんだけど、仲良しの女の子二人が同行するとなると、当然のように雑談に花が咲く。オレを間に挟んで、マリーとハナはそれはそれは楽しそうに喋り始めた。森の中に賑やかな談笑が響く。
「ねえねえリーヴェ、神さまの相棒ってどんな感じなの?」
「どんな感じって……」
「相棒ですもの、やっぱり私たちが知らないことも色々と知ってるんでしょう?」
ははあ、ヴァージャのことは気になるけど本人に直接聞きに行くのはハードルが高いのか。まあ、普段は無表情でいることが多いからちょっと近寄り難いオーラみたいなのは出てるかもしれないなぁ。実際には聞けば大体のことは答えてくれるし、あれでも人間大好きみたいだけど。
とびきりのイケメンだもんなぁ、そりゃあ女の子が放っておかないか。背が高くて顔面がよくて神さまで強くてあんなにデカい城持ってるって、女の子にしてみれば憧れなのかもしれない。けど、これはどう答えるべきか……返事のチョイスを誤ると彼女たちの理想を粉々に打ち砕いてしまいそうな気がする。
「やっぱり相棒だもの! 一緒に寝たりしてるんでしょ?」
「ヴァージャ様っていつもリーヴェさんのこと優しい目で見てるのよね。この前、リーヴェさんが穴に落とされた時も心配そうにずっと傍についてらしたのよ」
「そうそう、とても大切なものを見つめてる感じだったわ。いいよねぇ~って、あたしたちいつも話してたのよ。でも、リーヴェを突き落とした犯人って結局誰だったのかしら、まだわからないままよね」
ちょっと待て。カッコイイ神さまに憧れを抱く微笑ましい女の子二人だと思ってたのに、なんかこう……えっ、まさかのフィリアと同類?
ま、まあ、神さまに恋してる女の子ってよりは……いいのか。もしヴァージャのことが好きだから取り持って~とか言われたら、罪悪感で彼女たちを直視できなかったかもしれない。それに話題も早々に別の方向に逸れてくれたみたいだし。
……犯人、かぁ。こうしてる今も、あの時の犯人が普通にしてるのかもしれないと思うと、なんかモヤモヤするな。モヤモヤしたところで、事を荒立てる気はないからどうしようもないんだけどさ。
水辺に向かって歩きながら、ハナが数歩先を行くと身体ごとこちらに向き直って後ろ向きに歩く。足場の悪い森の中をそれでよく転ばないもんだ。
「そういえばそうよね……もしまたリーヴェさんに何かしようってんなら、私がとっ捕まえてボッコボコにしてやるわ」
「あたしも! 二度と悪さできないようにお仕置きしてやろう! だから、こういう用事の時はしばらく三人で動こうね、手伝いが必要な時はいつでも声かけて」
二人が凡人だろうと何だろうと、そんなのはオレにとってまったく重要じゃない。こんなふうに言ってくれることと、その気持ちが何より嬉しいよなぁ。男なのに女の子に守られるっていうのはやっぱりちょっと情けない気もするけどさ。オレだって、マリーやハナにもし何かしようって不届き者がいたら……。
「――おおコワイコワイ、じゃあ俺たちはお嬢さん方にボッコボコにされちまうのかねぇ?」
そんな時、不意に脇の茂みから耳慣れない――それでいて、聞きたくない声が聞こえてきた。頭が誰か判断するよりも先に、本能が嫌悪でもするかのように肌がざわりと粟立つ。
思わず立ち止まって声がした方を見れば、そこにはマックたちウロボロスが腹立たしい笑みを浮かべて佇んでいた。
その足元にはリスティと他二名の姿が見えるものの、襲われたのか三人とも気を失っているようだった。ぐったりしたまま微動だにしない。傍にからっぽのバケツが落ちているところを見れば、リスティたちが水汲み班だったんだろう。どうりで帰ってこないわけだ、マックたちに襲われてたんだから。
マリーが咄嗟に声を上げかけたところで、マックの隣にいたティラが片手の人差し指を立てて自らの口唇前に添え置いた。わざとらしく「しー」なんて小さく言いながら。それと同時に、逆手に持つ剣の切っ先をリスティの喉元にあてがう。
「静かに。少しでも声を出すと、このまま彼女の首をグサリとやっちゃうかもしれないわよ」
「状況は理解できまして? さあ、何も言わずにこちらにいらっしゃい。大丈夫、大人しくしていたら何もしませんわ、用が済んだら解放してあげますから」
ティラに続いて、ヘクセが潜めた声量で呟く。その顔には不敵な笑みが浮かんでいて、とてもじゃないけど信用できない、できないんだけど……オレたちに選択肢なんてない。
正直リスティのことは嫌いだけど、だからって死んでいいとか思ってないし、彼女以外にも他に二人ほど人質がいる。……ここは大人しく従うしかない。せめてマリーとハナに危険がないようにしないと。
さっきまでの勢いもどこへやら、マリーもハナも突然現れたマックたちを前に完全に怯えているようだった。無理もない、凡人ってことは彼女たちが矢面に立たされることなんて今までなかったはず。それでも、自分たちが声を出したら――逃げたらリスティたちがタダでは済まないことだけは理解しているみたいだ。小さく震えながら、どちらもマックを見つめたままオレの服の裾を掴んでくる。
暫しの睨み合いの後、言われた通り声を出さずにそちらまで慎重に足先を向けた。
「……久しぶりね、リーヴェ。少し会わない間に随分とモテるようになったんじゃない? まさか朝から女を二人も連れてデートしてるだなんて思わなかったわ、わたしと別れてまだ一年も経ってないのに……薄情なものね」
――どっちが。
声を出すなって言われてるから直接は言えないけど、ティラにだけはそういう文句を言われたくない。
それには取り合わずマックと真正面から睨み合うと、視線だけでその要件を問う。言葉もなくこいつに通じるかどうかは微妙だしマックと目で会話なんてしたくもないけど、一応は伝わったみたいだ。片方の口角を上げて「ハッ」と小馬鹿にするように笑った。ムカつく。
「いやぁ、わざわざお越し頂きましてすみませんねぇ。お母上がお待ちですよ、お迎えに上がりました、と」
「――!」
完全に人を馬鹿にした仰々しい物言いで告げられたマックの言葉に、一瞬息が止まったようだった。
オレの母親かもしれない帝国貴族の女――コルネリア・スコレット。色々あってすっかり忘れてた。
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