あっさりした告白
時計の針が二本ともてっぺんを通り過ぎて小一時間ほど。
夜も白熱していた会議室の方もようやく静かになり、拠点に集まった者たちも床についた頃。
オレは朝食の仕込みを終えて、外に出ていた。厨房はすぐ後ろにあるし、少しくらいなら外に出ても大丈夫だろう。それに、人数が一気に増えたものだから食事の支度がとにかく大変なんだ。こうやって夜風に当たってると少しだけど疲れが癒されていく気がする。
ヴァージャは今頃、会議室でサンセール団長やディーアと明日の引っ越しについて話しているはずだ。本来は今日のうちに着手する予定だったのに、オレとヴァージャがいない間に集まった連中が今後のことについて熱心に議論しているものだから、結局明日に持ち越しになった。
「さむ……北の方の夜はやっぱり冷えるなぁ……」
南にあるスターブルとは環境が違うんだって、考えなくても思い知らされる。けど、空気が澄んでる分、星空はこっちの方が綺麗に見える気がする。寒い場所には寒い場所なりの利点があるもんだ。
この拠点には今、色々な連中が集まってるけど……ヴァールハイトに乗せても大丈夫なのかな。中にはロクでもないやつとか紛れてるかもしれないじゃん、城を乗っ取ってやる、とか考えるやつだって出てくるかもしれない。いや、そんなやつがいてもヴァージャにお仕置きされるだけだろうけど。
一丸になる前に新しい戦力を大勢迎えちまったわけだから、不安だって当然デカい。帝国と戦う前に内部分裂を起こして自滅したらどうしよう、とか。
「あら、あなたも夜風にあたりにきたのかしら?」
ふと背中にかかった声に、思考が止まる。
そちらを振り返ってみると、拠点の出入口に凭れるようにして佇んでいたのは――まだ安静が必要なはずのサクラだった。夜の闇のせいでよく窺えないものの、顔色はまだ悪いように見える。そりゃそうだ、ひどい出血だったんだから。
マリーが着替えさせただろう濃紺の羽織りに身を包んだサクラは、ゆっくりとした足取りで傍まで歩み寄ってくる。
……そういや、さっきは状況が状況だったから深く考えなかったけど、サクラもあの時のフィリアと同じように瀕死の重傷だったから……もしかして、才能とか伸びちまったんだろうか。そうだとしたら完全に敵に塩を送る形になってるじゃん、馬鹿かオレは。そうだよ馬鹿だよ、無能だもん仕方ないだろ馬鹿なんだよ。
「ま、まあ、そんなとこだけど……もう行くのか? サンセール団長が、まだ安静にしてた方がいいって……」
「行く? あら、どこに?」
取り敢えず内心の動揺を悟られないように平静を装って、差し障りなさそうな言葉を投げてみる。彼女に安静が必要なのは嘘でも何でもない、距離が近付いてわかったけど、顔色はまだ病人としか言えないものだった。
でも、当のサクラは不思議そうに梅色の目を丸くさせてゆるりと小首を捻る。正直、そんな顔をしたいのはこっちの方だ。
すると、サクラは一拍ほど置いてから口元に薄い笑みを滲ませた。
「ふふ……あなたが助けてくれたんだってね、サンセールさんに聞いたわ。あの傷、誰につけられたものだと思う?」
「……え?」
どうして突然そんなことを聞いてくるのか、サクラの思惑がまったくわからなかった。けど、今の話の流れで無意味な質問をしてくるとは思えない。それを踏まえた上で考えられるのは……。
「……まさか」
「そう、マックよ。私、彼を裏切ったの」
あっさりとそう言ってのける彼女の言葉は、オレにとってはひどく衝撃的なものだった。
* * *
サクラはウロボロスのメンバーの中でも特殊な存在で、ほとんど一人で活動している諜報員のようなものだった。マックにあらゆる情報を届けるのが彼女の役目で、話を聞いたところ、今回も彼女はマックの命令で動いてたってことだけど……。
「エアガイツ研究所の情報を見つけてね、なんだか突然バカらしくなったのよ」
「バ、バカらしく?」
「だってそうでしょう? マックはいつも女たちを
……嫌だなぁ。というか、実際にティラがマックとそうなったから婚約も駄目になったわけだし。もしもヴァージャが他の誰かとそういうことしてたら、今なら憤死できそう。ヴァージャに限ってそれはないと思ってるから堂々としてられるけど、想像しただけで腹の辺りが重くなったような気がした。
サクラはそんなオレを後目に、ふと夜空を見上げる。その横顔は虚勢でも何でもなく、本当に何かが吹っ切れたような清々しい表情をしていた。
「あなたみたいなグレイスがいるなら、マックよりもずっといい人がいるんじゃないかって思ったの。そう考えたらマックに尽くすのがバカバカしくなってさ」
「……うん」
「それなのに、彼って自分は女の気持ちを踏みにじってばかりなのに、女が裏切るのは許さないみたい。言われた情報を届けないでいたら、見つかってアレよ。ティラ辺りは、面倒な女が自滅してくれてよかったとでも思ってるんじゃないかしら」
……なるほど、そういう経緯だったのか。それにしても、こうやって聞いてると本当にマックってどうしようもない男だな。エルみたいな
サクラはまだ若いし美人なんだ、マックよりもずっといい人に出会えるさ。
「……これから、どうするんだ? もしまたマックに見つかったら今度こそヤバいんじゃ……」
「……あなた、私が話したこと、全部本当だと思ってるの?」
「え?」
「もしかしたら、油断させるために嘘を吐いてるかもしれないわよ。あなたを油断させて、信じ込んだところを連れ去ろうとしてるかもしれない」
サクラは確かにマックの女で、彼女の言うようにもしかしたら今聞いた話は全て嘘なのかもしれない。ジッとこちらを見据えてくる彼女の梅色の双眸にはほとんど感情がなく、内面を読み取るのは難しかった。でも、ついさっき見た吹っ切れたような彼女の顔は――決して、芝居とかそんなふうには感じなかった。あれが芝居だったらもう完全にお手上げた。
「……もしそうなら、手の内をそんなふうに話したりしないだろ。それに……腹の探り合いとか得意じゃないんだ、だから見たまま聞いたままを信じるよ」
呟くように返答すると、サクラは軽く目を丸くさせてから――何を思ったのか声を立てて笑った。
「うふふ……ティラが逃した魚は、本当に大きいわねぇ。私はこれでも義理堅いの、恩を仇で返すような真似はしないから大丈夫よ」
「そ、そう……」
要は試したってことだろ、人が悪いな。……まあ、今まで面識はあったけどこうやって話したことはなかったし、サクラもオレのことを信用していいか探ってる部分もあるんだろう。
一頻り話して満足したのか、サクラは「ふう」と一息洩らすなり静かに踵を返した。けど、その途中で改めてこちらを振り返って一言。
「ああ、そうそう。助けてくれてありがとう、リーヴェ」
不意打ち気味にそう礼を向けてきたサクラの顔は、さっき見たように吹っ切れたような清々しいものだった。
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