帝国貴族の探し人


「あ、おかえりなさい。……どうでした?」



 船室の扉が開くと、ヴァージャがいつもの無表情で中に入ってきた。

 オレたちは現在、客船の船室に籠っている。エルから話を聞いたヴァージャは、早々に船室を後にして見回りに出掛けた。今はその見回りから戻ってきたところだ。フィリアが真っ先に声をかけると、ヴァージャは後ろ手に扉を閉めてからゆるりと小さく頭を振る。



「どうやら金儲けの話らしいな」

「お金儲けですか?」

「帝国貴族が人を探しているらしい。リーヴェがその探し人に似ているそうだ」



 ヴァージャは自由に人の頭の中を覗けるから見回りに行ったわけだけど、こいつは本当に便利なやつだと思う。周りが何を考えてるか全部筒抜けになっちまうんだから。


 それにしても、帝国貴族の探し人か……金儲けってことは、その貴族のお偉いさんが探してる人を連れていけば謝礼がもらえるんだろう。それもかなりの金額が。帝国に知り合いなんかいないし明らかに人違いだけど、金がほしい連中にそんなこと言っても聞き入れちゃくれないんだろうなぁ。


 明日には港街に着くとはいえ、なんとなく気が重くなった。船室にまで突撃してくることはないだろうけど、気が休まりそうにない。ただでさえ船にはあまりいい思い出はないのに。



「じゃあ、街に着くまではあまり外に出ない方がよさそうですね」

「……その探し人の話の規模がわからないことには、何とも言えないね。もしかしたら北の大陸のあちこちに話が行き渡ってるかもしれない。リーヴェさん、港に着いたらフード付きの外套でも買いましょう。一目で特徴と合致しない状態で人の中に紛れればきっと大丈夫ですよ」

「あ、ああ、……そうだな」



 フィリアもエルもまだ子供なのに、気を遣わせてんなぁ。

 ただでさえ無能は戦う力がなくて戦闘ではお荷物だし、研究所の連中のせいとはいえ今後は周りから付け狙われることにもなるだろうし、更に今度は探し人に似てるとかで金儲けの連中にも狙われるなんて、こいつらには迷惑をかけ通しだ。


 取り敢えずエルのその提案には頷いたけど、胸中に芽生えたモヤモヤはなかなか消えてくれなかった。



 * * *



 船室の寝台に転がっていると、つい眠ってしまったようだった。窓から見える外の景色は、空がほんのりとオレンジ色に染まりつつある。もうじき陽が暮れて夜になる、あんまり寝てると夜眠れなくなって明日また寝不足で波に揺られることになりそうだな。


 身を起こしかけたところで、不意に手が自由に動かないことに気付いた。何事かと視線を移してみれば、身体を横向けて無造作に投げ出していた片手をやんわりと握られていた。その手と腕を目で追っていった先には、当たり前のようにヴァージャがいる。オレが寝てた寝台に腰掛けて、こちらに背を向ける形で本を読んでいるようだった。



「……? ……ああ、起きたか」

「なんでいんの……ああ、いや」



 ついうっかりそんな呟きが洩れたけど、こいつがオレを一人放ってふらふらと出歩くようなやつじゃないことはここまでの付き合いの中でよくよく理解してる。でも、こう……なんて言うか、寝起きにこれは、その、破壊力がありすぎてさ。動揺するなってのが無理なんだよ。



「なんの破壊力だ」

「なんでもないよ気にするな何も聞くな」



 何も考えないで不貞寝しちゃうくらい気持ちが落ちてるとこにさ、こうやって傍に寄り添われると心臓を撃ち抜かれるような感じになるじゃん。それも、さりげなく手なんか握っちゃってさ。


 少し力を入れて振ればあっさりと離れていきそうな、緩い力で握られたままの手をジッと眺めていると、ヴァージャが閉じた本をサイドボードの上に置いた。寝転がった状態でその様子を眺めていた矢先、何を思ったのか不意にその手を強めに引かれて布団の中から上半身だけ引きずり出された。軽々と身を仰向けにひっくり返されて、息が詰まるような錯覚に陥る。


 ……いや、これ。頭の下は女の子のものと違って全然柔らかくないけど……俗に言う膝枕ってやつ……?


 頻りに疑問符を浮かべるしかない状況に固まるオレをよそに、ヴァージャは片手で頬に触れてくると上体を前に倒して顔を覗き込んできた。



「フィ、リアと……エル、は?」

「甲板に出ている」

「あ、あんた、最近なんか、おかしくない? 前はこんなこと、しなかった、じゃん……」

「前はな」



 横目に室内を窺ってみても、フィリアとエルの姿がない。あの二人がいないからこそこういう戯れを仕掛けてくるんだろうけど、心臓に悪いからいきなりはやめてほしい。それなりに近い距離でジッと見つめられて口から心臓が出てしまいそうだった。窓から射し込む夕陽がヴァージャの頬や鮮やかな緑色の髪を照らす様は言葉にならないほど綺麗で、美しい。これはきっと惚れた欲目とかなんとか関係ない、綺麗なもんは綺麗だ。


 このままキスするのかな、なんて考えていると――無情にも船室の扉がガチャリと開いた。



「ヴァージャさん、リーヴェさん起きました? もうそろそろ夕飯ができ……」



 嬉しそうにそう声をかけてきたのは、甲板に出ていただろうエルだった。その後ろには当然ながらフィリアもいるわけで。今のオレたちの状況を目の当たりにして早速「きゃあ」なんて声だけは可愛らしいものを洩らしながら両手で顔を覆った。わかってる、わかってるぞ、どうせ指の隙間から覗いてんだろ。お前はそういう女児だ。



「そうだエルさん、操舵室の方を見てませんよ! もうひと回りしてきましょう!」

「えっ、操舵室って……見せてくれるかな」

「大丈夫です! ね、ね、行きましょう! お夕飯はあとで全然いいですから! あ、どうぞどうぞ、私たちに構わず続けてくださいね。お邪魔しました~♡」



 不思議そうに目を丸くさせるエルは疑問符を浮かべるばかりだったものの、フィリアはそんなエルの腕を取ると強引に引っ張って部屋を出て行ってしまった。


 ……あとで絶対フィリアに根掘り葉掘り聞かれるやつだ、これ。

 取り敢えず、あいつらと同室の時は迂闊な真似するなとだけ言っておこう。


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