恋愛は心でするもの

 翌日、朝も早くからヘルムバラドを出てくだんの詐欺商人たちのところへ向かう道中、オレの体調はここ最近なかったほどに最悪だった。二日続けての寝不足はやっぱりつらいもんだ。


 昨夜のアレって、つまりは、その……そういうこと、だよなぁ。

 愛しく思っているのかもしれないって船で言ってたけど、かもしれないから大きくはみ出ちまってるような気がする。自意識過剰か、これは。


 考えないようにすればするほど人間ってのは天邪鬼あまのじゃくで、余計にそのことばかりが頭を占める。ヴァージャもああいう顔するんだな、とか神さまでもそういう感情に振り回されたりするのかな、とか。恋する乙女かってんだ、ええい、くそ。


 一番驚いてるのは、そうだった場合のことを考えても全然嫌な気分にならないことだった。少し前だったらそっちの趣味はないとか言い張ってたのに……恋愛って、性別でするものじゃないんだな。



「リーヴェ、危ないぞ」

「いでッ!」



 ヴァージャの声が聞こえたかと思いきや、顔面に何かがぶつかった。

 慌てて意識と思考を引き戻してみれば、目の前には何の罪もない一本の木。……考え事しながら歩くものじゃないな。



「リーヴェさん、大丈夫ですか? もしかして、今日も寝不足……」

「あ、ああ、まあ……大丈夫さ」



 これから行くのは詐欺商人たちのところなんだから、そろそろ頭を切り替えないと。心配そうなフィリアとエルの頭をポンと撫でてから進行方向へと視線を戻した。


 ヘルムバラドから西に向かった先はもちろん海辺なんだけど、その近くに如何にも怪しげな洞穴があった。どうやら持ち主の気配はその洞穴から出ているらしい。昨日の詐欺カップルはここに潜んでいるんだろう。足元を見てみれば、踏み荒らしたような靴跡がいくつも確認できる。この分だと二、三人程度じゃなさそうだな。



「なによ、こんなものッ! まったく効果なかったわよ!? あんたたちのこと詐欺って言いふらしてやるから!」



 このまま中に入ってもいいものかと悩んでいた時、洞穴の中からそんな声が聞こえてきた。次の瞬間には、綺麗に着飾った見るからに金持ちの貴婦人らしき女性が出てくる。彼女を追うように続いて洞穴の中から出てきたのは三人の男たちだった。その手には――剣だの斧だの、とてもではないが話し合いをするつもりとは思えない物騒なブツが握られている。それを見るなり、ヴァージャとエルが茂みの中から飛び出した。



「残念だなぁ、おばさん。あんたは上客になってくれると思ってたのに」

「な、なんなのよ、あんたたち!? やっぱり詐欺だったのね!?」



 貴婦人の真後ろから振られた斧は無情にも彼女目掛けて振り下ろされたものの、それが直撃するよりも先にエルが間に割り込んだ。手にしていた細身の剣で一撃をしっかりと受け止めた直後、思い切り片足で男の股間を蹴り上げる。……普段はおっとりしてるのに、あいつ戦闘になったら容赦ないよな。


 股間を蹴り上げられた男は、思わず斧を手放して両手で自分の股座を押さえた。それをオレと一緒に茂みから見ていたフィリアは「きゃあ」なんて可愛い声を出して両手で顔を覆う。ちゃっかり指の隙間から見てるのはわかってる、お前はそういう娘だ。


 残った二人のうち片方は、昨日マティーナにぶつかったあの詐欺カップルの片割れだった。男はヴァージャの顔を見るなりころりと態度を豹変させて胡散くさい笑みなぞ浮かべてみせる。外の騒ぎに気付いたらしい残りの連中も、各々武器を手にぞろぞろと洞穴から出てきた。全部で三十人近くいやがる、よくもまあそんなに大勢潜めたもんだ。



「あれぇ? お兄さん、昨日の? やだやだ、こんなとこまでどうしたのぉ?」

「お前たちの言う“生き血”を提供している神とやらに会いたいのだが」

「アッハ、なぁに、お兄さんも俺たちのこと疑っちゃってんの? いいかい? 俺たちが売ってる霊薬は何回か試してみて、それで初めて効果が――」

「疚しいことがあるから客の要望に応えられないのか。そうだな、これにはただの水と色を付ける薬品以外は入っていないからな」



 男が饒舌に語る途中でヴァージャがばっさりとそう言い捨てると、襲われた貴婦人が尻もちをついたまま顔を真っ赤にして声を荒げた。こういう女の人を怒らせると一番怖いんだ。



「ほらッ! ほらッ、やっぱりただの水なんじゃないの! 何が不老長寿の霊薬よ、このインチキ! どうせ神なんていないんでしょ!」

「ちょっとお兄さん、それ営業妨害。こっちにはちゃあんと、緑色の大層美しい鱗を持つ竜の神さまがいるんですからぁ。けど、神さまは気難しいお方なのでいつでも誰でも会えるってワケじゃないんですよぉ」



 もっともらしいことを平然と言ってのける男の様子からして、こういう状況は慣れていそうだ。多分、オレたち以外にも「神さまに会わせろ」って言ってきた人はたくさんいるんだろうな。これは思ってた以上にタチの悪い詐欺集団かもしれない。



「まったくの無知というわけでもないのか。エル、その婦人を連れてリーヴェたちのところまで退がっていろ」

「えっ? は、はい、わかりました!」



 すると、エルが例の貴婦人に肩を貸しながらこちらまで慌てたように駆けてきた。何度もヴァージャを振り返るエルの表情はどうにも心配そうだ。詐欺商人たちをどうするつもりなのかとヴァージャの背に声をかけようとしたところで、言葉が喉の奥に引っ込んでいった。なんでって、今まさに声をかけようとしたその背中から鳥のものとは違う大きな翼が生えたからだ。



「リ、リーヴェさん、もしかして、もしかしてなんですけど、ヴァージャさん――」

「思いっきりやる気じゃないですか!?」



 木の陰に隠れながらそう声を揃えるフィリアとエルの声に、冷や汗が頬を伝うのを感じた。確認するまでもない、二人の言う通り――あいつ、マジでやる気だ。全然気にしてないように見えて、勝手に商売に使われてたこと実はメチャクチャキレてたらしい。わかりにくいんだよ、ムカついてるならちゃんと言ってくれ頼むから。



「ある程度は“神”というものを知っているらしいお前たちに、いいものを見せてやろう。二度とこのような商売をしようなどと、思えないようにな」



 ヴァージャがそう静かに呟いた矢先、その身が黄金色の光に包まれたかと思いきや――いつかも見たあの恐ろしい巨大なドラゴンの姿に変身してしまった。それと同時にオレたちはもちろん、三十人近い商人たちの口から「ぎゃ――ッ!!」っていう典型的な悲鳴が洩れた。

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