第六章:夢の国ヘルムバラド
波に揺られて船の旅
宴会騒ぎから二日後、ル・ポール村の人たちの厚意で北の大陸近くまで船で連れて行ってもらえることになった。
現在は出港してから約一時間ほど、船はどんどん村から遠ざかり辺り一面は海という状態だ。今回船を出してくれたのは、あの宴会で浴びるほどに酒を飲んでいた村人の一人で、ナーヴィスさんって人だった。ナーヴィスさんは船室にオレたちを集めると、簡素な机の上に海図を広げる。
「ええと、ここがル・ポール村だ。これからまっすぐ北上したいところではあるんだが、この船はオンボロなんでなぁ、そこまで足は速くない。だから、ここから北西に向かったところにあるネイ島を目指そうと思う。そこで客船に乗り換えた方が恐らく早く着くはずだ」
「ネ、ネイ島ってもしかして……」
ナーヴィスさんの提案を聞くなり、フィリアとエルの表情がパッと輝いたような気がした。いや、気のせいじゃない、絶対に輝いた、賭けてもいい。ネイ島かぁ……これは孤児院でバタバタ働いてた時よりも大変な目に遭うのが約束されたようなもんだな。
隣で海図を見ていたヴァージャは、そんなお子様二人の様子に気付くと不思議そうにゆるりと小首を傾かせた。そりゃそうだ。ヴァージャにしてみれば何で二人がメチャクチャ嬉しそうな顔をしてるのかさっぱりわからないだろう。
「ネイ島?」
「はい! 子供が一度は憧れる夢の国があるんですよ!」
「帝国以外に……国があるのか?」
「言葉そのままの国じゃなくて、子供が一度は憧れるっていう謳い文句のテーマパークがあるんだよ、遊び回るところ。オレも話に聞いたことがあるだけで、行ったことはもちろんないけど」
ネイ島にある夢の国ヘルムバラドは、現実を忘れて幸せなひと時を味わえるというまさに“夢の国”――楽園だ。謳い文句はフィリアが言うように「子供が一度は憧れる」って感じだけど、大人も子供も関係なく楽しめるって聞いたことがあるなぁ。
「そういや、エルも行ったことないのか?」
「はい、姉さんの体調のこともあってネイ島には寄らず、まっすぐ北から南下してしまったので……」
そうか、どうりで喜んでるわけだ。まあ、楽しいテーマパークって聞くし、一度行ったことあるからもういいや、とはならないだろうけど。そんな楽しい場所なら何度でも行きたいじゃん。
すると、フィリアとエルがそわそわとしながらオレとヴァージャの顔をジッと見つめてくる。その期待に満ちた眼差しと、怒られるかなと心配するような表情を見ればヴァージャと顔を見合わせて笑うしかできなかった。二人が何を訴えてきているのかは、ヴァージャにもわかったらしい。程なくして、やや微笑ましそうにしながら小さく頷く。オレたちはもうクランメンバーってより単純に保護者だな、これ。
それを確認してから、オレの腰辺りまでしかないフィリアの頭をポンと撫でた。
「リーダーはフィリアだろ? 次の行き先はリーダーが決めないとな」
そう告げてやると、それはそれは嬉しそうに笑った。次の行き先は、ここから北西にあるネイ島の夢の国だ。
* * *
あの後――襲ってきた黒い襲撃者たちは、研究員たちと共に無能に関する記憶を封印された後に解放された。これも結局は一時的な措置だ、思い出したら彼らはまたル・ポール村の人たちを狙うかもしれない。オレはこの世界の在り方を変えたいわけだけど、結局どう変わればいいのかも未だよくわからずにいる。
マックは嫌なやつだったけど、エルみたいに偉ぶらない
「リーヴェ、ここにいたか」
「どうした?」
寝泊まり用の船室の寝台に転がってそんなことを考えていると、そこにヴァージャがやってきた。何かあったのかと思ったけど、当のヴァージャは特に返事を返すこともなくオレの腕を掴むなり、そのまま問答無用に引っ張ってあれよあれよと部屋から引きずり出されてしまった。
航海は順調のようだ、雨が降るような気配もなく、辺りを気持ちよさそうに海鳥が飛び交っている。船は波にゆらゆらと揺らされて、何とも言い難い独特の感覚を与えてくるけど、幸いにもオレを含めて誰も船酔いしてないみたいだった。船尾の方からはフィリアとエルの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「……で、なんかあったんじゃなかったのか?」
オレはそれとは反対側の船首部分の甲板にヴァージャに引っ張られていった。海は穏やかで天気もいい、魔物が襲ってきたとかの問題もなく、どこまでも平和な光景が広がっている。ヴァージャがここまで強引に連行してきた意味がまったくわからなかった。
「船室に閉じこもっているよりはこちらの方がいいだろう」
……そういえば、こいつには昔のこと話したんだったなぁ。また余計な気を回しやがって。けど、あの時はできるだけ人目につかないようにと思われてたのか、こうやって甲板に出ることもできなかったから、……こういう形で海を見るのって初めてなんだよな。
「……海って綺麗なものなんだな、知らなかったよ」
どこまでも広がる青い海と、太陽の光を反射してキラキラ光る水面はまさに宝石箱のようだった。
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