幕間

フィリア・シュヴェーレンの観察日記

 こんにちは、フィリアです。

 昨夜は村長さんのご自宅ですっかりみなさん一緒にお世話になってしまいました。

 今日は村長さんも他のみなさんも二日酔いというものに悩まされてダメダメですが、元気になり次第、北の大陸に渡るための船を出してくれるそうです。やっぱり人助けはするものですね。



「何書いてるんだ?」

「あ、リーヴェさん、おはようございます。日記ですよ、日記。こうやって毎日あったことをひとつずつ記録していくんです、いつかいい思い出になると思います」

「へえ、いいこと考えたなぁ。どういうこと書いてあんの?」



 リーヴェさんは色々と気が付く人なのに、おかしなところでデリカシーが欠落してるんですよね。でも私は心の広いリーダーを目指しているので、簡単には怒ったりしません。念のためロビー内を見回してみましたけれど、宿屋の店主さん以外に人は……いないみたいですね。今は朝ごはんの後ですから、みなさん二日酔いで寝てらっしゃるかお仕事に精を出されているんでしょう。



「リーヴェさんってそういうところデリカシーがありませんよね。でも、特別に情報交換ということでその質問を受け付けましょう」

「じょ、情報交換? なんかそんな御大層なこと聞いちゃった?」

「ふふん、乙女の秘密を無償で教えてもらおうなんて甘いですよ。ちょうど気になってることがあるんです、それで手を打ちましょう」

「なんか、面倒なことに首突っ込んじまった気がするなぁ……やっぱいいってのは駄目? 無し?」



 無しです、無し。ダメです。男らしくないですよリーヴェさん、一度言ったことには責任を持ってください。でもこういう、下手に出るような感じがリーヴェさんのいいところですよね。


 私の環境が環境だったので、孤児院で働いてたって聞いて最初はちょっといい印象がなかったんですけど、リーヴェさんは子供に好かれるタイプだろうなぁ、って思います。現に今も口では面倒くさそうにしていても、早々に話を切り上げたりしませんし。だからそういう部分に甘えて、そっとリーヴェさんの耳元に口を寄せて内緒話よろしく直球で聞いてみることにしました。



「昨夜、ヴァージャさんと何かあったんですか?」



 昨日、村長さんたちと騒いでいる間に、気付いたらリーヴェさんもヴァージャさんもいなくなってたんです。エルさんに聞いても半分夢の中に旅立っていらしたので知らないって言ってましたし、気になるじゃないですか。リーヴェさんは否定してましたけど、ディパートの街のお姉さんの反応もありましたし、私はまだお二人の関係を疑ってるんですからね。隠さなくていいんですよ。


 すると、リーヴェさんは弾かれたように離れると顔を真っ赤にして、



「何もねーよ!!」



 とだけ言って、さっさと宿の外に出て行ってしまいました。突然上がった声に宿の店主さんがびっくりした顔でこちらを見ています。どうしてくれるんですか。


 ――怪しい。

 これはとても怪しいですよ。本当に何もなかったならあんなに顔を真っ赤にして怒ることないじゃないですか。クランメンバーの関係をきっちり把握しておくのもリーダーの務めです、なのでこれは決して好奇心とかそういうものではありませんからね。えへ。



「フィリア、どうかしたか? 怒声のようなものが聞こえてきたが……」

「あ、ヴァージャさん。おはようございます、何でもないですよ」



 今度は二階からヴァージャさんが降りてきました。こうなったらヴァージャさんにも聞いてみるしかありませんね、神さまはきっと嘘なんかつかないはずです。不思議そうな顔をしながらこちらに歩いてきたヴァージャさんの傍に駆け寄ると、さっきと同じことを聞いてみました。



「昨夜、お二人とも途中からいらっしゃいませんでしたけど……リーヴェさんと何かあったんですか?」

「……」



 ……あれ? あれあれあれ?

 ヴァージャさんって、いつもあまり表情が変わらない人……いいえ、神さまだと思ってたんですけど、さすがに直球過ぎたんでしょうか。黙り込んだと思ったら目を背けてちょっと……赤く、なられて……?



「……特に何もない」

「絶っっっっ対に嘘ですよね!?」

「本当だ、ただ普通に話をしていただけで」



 普通に話をしただけでそんな、照れたみたいなお顔をされて赤くなります!?

 この場に年頃のお姉様方がいらしたら撃沈されそうな、それはそれは珍しいお顔をされてますよ!?

 あっ、もしかして話の内容が結構アレとか、そういう方向……!?



「……以前もお聞きしましたけど、リーヴェさんとは本当にそういうご関係では……ないん、です、か?」

「…………今はな」

「今は!? じゃ、じゃあ、今後変わる可能性があると……」



 その予想外過ぎるお返事に今度は私の方が声を上げてしまいました。また宿屋の店主さんがこちらを見ています、ああどうしましょう。

 ヴァージャさんはそれ以上は何も言わず、いつも通り悠々とした足取りで宿を出て行ってしまいました……とてつもない爆弾を落とされたような心境です……。


 これは、今後もお二人の関係はしっかりチェックが必要ですね。


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