無能だけどできること
「もう、ビックリしましたよ。朝のご挨拶に行ったらリーヴェさんもヴァージャさんもいないんですもん」
この辺り一帯を統治してるクラン――『アスファレス』による簡単な聞き取りの後、オレとヴァージャはフィリアの待つ宿へと戻った。
エフォールはすっかりアンサンブルのメンバーにもみくちゃにされてて、邪魔するのも悪いかと思ったからそのままにしてきたけど、大丈夫だったかな。まあ、何か用があれば向こうから来るだろ。あと気になる問題はアンサンブルのリーダー、ネロの親友ってやつだけど……さっきあれだけ戦えてたなら、その親友の影響はないのかもしれないなぁ。
宿の部屋に戻るなり、中で待っていたフィリアに飛びつかれて、そう文句を言われた。文句っていうか、心配っていうか。
そんなフィリアに事情を説明して、少し。当の彼女は部屋に備え付けのソファに座り、何事か考え込むような真剣な表情で黙り込んだ末に静かに口を開いた。
「……絶対にそうとは言い切れませんけど、リーヴェさんのお話を聞く限りだと……そのマッチョだかなんだかいう人から外部に漏れることはあまりないような気がします」
「マックな。……そう?」
「はい、その人ってとにかく自分が強くなりたいだけ、みたいじゃないですか。もしリーヴェさんのことをあちこちに広めちゃったら、リーヴェさんの力を奪おうってライバルが増えるわけです。誰にも教えずに、自分だけのものにしようって考えそうだなって思いました。もちろん、その人の仲間から漏れる可能性はありますが……」
……なるほど。フィリアってまだ小さい子供なのに、人の心理を上手く言い当てるよな。これだから女ってのは子供でも恐ろしいんだ。けど、そう言われてみれば確かにフィリアの言う通りかもしれない、マックってのはそういう男だ。
ティラは確信を持って襲ってきてたみたいだし、今更あれこれ誤魔化したら余計に嘘くさい。できれば会いたくないし。他のグレイスたちに矛先が向かないよう、あくまでもオレだけの力って思うように仕向ける方が……よさそうだな。
「それはそうと、エフォールに何をした? あれほどのおぞましい呪いの力が綺麗に消えていた、お前が何かしたんだろう」
「なんだよ、そのオレが何かやらかしたみたいな言い草は。ただちょっと……こう、あの姉ちゃんに対抗っぽいことはしたけど……」
「対抗?」
「ああ、カースの能力って憎悪とか恨みとか……要は短所を見てるってことだろ。なら逆に、オレはそれに負けないくらい長所をいくつも見てやろうって、治療ついでに思ってさ」
エフォールと知り合ったのは昨日だけど、その短い時間の中であいつの長所なんていくつも見つかった。歳のわりには礼儀正しくて、
そんなことまで気にしないでいいのにってくらい、周りへの配慮が半端ないんだ、あいつは。だから余計に、そんなやつがあの真っ黒い霧に縛り付けられてるのがムカついたっていうか……。
とか何とか思ってると、もう人の頭の中を覗くのが当たり前になってるヴァージャが納得したように笑った。
「……なるほど」
「で、でも、よくカースの力に対抗できるくらいの長所をそんなに見つけられましたね。エフォールさんとは昨日初めて会ったばかりなのに……」
「はは、これでも人の長所を見つけるのだけはわりと得意なんだよ」
どれもこれも、昔からオレにはないものばっかりだったからな。いいなぁ、って他人を羨んでるうちに、いつの間にか人様の長所を見つけるのが随分と上手くなっちまった。前は自分と他人とを比べて卑屈になることも多かったけど、それがなくなったのは……ヴァージャのお陰かな。相変わらず戦えはしなくても、自分にある種の力があることを教えてくれたのもそうだし、
「それなら、今後もしカースが立ち塞がることがあっても問題はなさそうだな」
「やっぱり、神さまもカースに恨まれると弱ったりするんですか?」
「ああ、神とて例外ではない。だが、カースのその力に対抗し、それを上回れる者がいれば大丈夫だろう」
「ふふっ、じゃあ、リーヴェさんは責任重大ですね」
ヴァージャとフィリアのそんなやり取りを聞いて、なんとなく胸の辺りがずしりと重くなったような気がした。プレッシャーっていうのももちろんあるけど、なんて言うか……責任を負うってのはこんな感じなんだろうな。やっと仲間のために本当にできることが見つかった実感ってやつかもしれない。
「ああ、任せとけよ。戦えない分、そういうとこだけはキッチリと守らせてもらうからさ」
「リーヴェさんが私たちを強くしてくれて、弱らせる力からも守ってくれるなら私たちまさに無敵じゃないですか! 頼りにしてますよ♡」
今までも、それに多分これからもヴァージャにもフィリアにも守られっぱなしなんだ。それなら、二人が余計な感情に晒されないようにそういう面ではオレがちゃんと守らないとな。
……ああ、なんか異様に感動するなぁ。このオレが、仲間を守れるなんてさ。ミトラに報告したいくらいだ。
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