しがらみを抜けて
エフォールは腰から細身の剣を引き抜くと、矢継ぎ早に攻撃を叩き込んでくるマックの猛攻をひとつも洩らすことなくその剣で防いでみせた。それにはさしものマックも瞠目し、更に忌々しそうに舌を打つ。
「チィッ、このクソガキが……なかなかやるようじゃねえか! おい、ボサっとしてねえでさっさととっ捕まえろ!!」
「――!」
マックがそう声を張り上げると、周囲にいたウロボロスの面々が一斉にこっち目掛けて突進してきやがった。ああ、そういやこいつら、オレに何らかの力があるかもしれないって確認しに来たんだっけ……。
エフォールはマックの攻撃を剣で受け止めながら、逆手をこちらに向ける。すると、オレの周囲にはいくつもの魔法円が浮かび上がり、群がってきた連中を弾き返してしまった。まるで思い切りぶん殴られたみたいに。
「(……駄目だ)」
エフォールの注意が一瞬こちらに向いた隙を見逃さず、マックが力任せに大剣を振り抜くと、その一撃は彼の脇腹を軽く抉ったようだった。マックは片手間にどうにかできるようなやつじゃない、ただでさえエフォールの身にはまだ――
「アハハハっ! 死ね、死ね、死んじゃえ! アンタさえいなければ、私だってこうまで追い詰められることはなかったんだ!」
――あの姉ちゃんから発せられる憎悪が、ヘビのように絡みついてその能力を抑制し続けてるのに。オレみたいなお荷物を抱えてちゃ、いくら
一旦形勢が崩れたものを立て直すのは至難の業で、掠める程度でも一撃を叩き込めたマックは更に勢いを増し、逆にエフォールの方からは段々と余裕がなくなっていく。どちらが有利かは一目瞭然だった。
「そらぁッ!!」
「ぐうっ……!」
マックが斜め下から大剣を振り上げると、その一撃はエフォールの持っていた細身の剣を弾き飛ばし、彼の肩に深めの裂傷を負わせた。よろ、とバランスを崩したエフォールが背中から倒れ込みそうになったのを慌てて抱き留めると、その口からは苦しげな息が洩れる。姉ちゃんから発せられる黒い霧が濃くなればなる分、弟であるエフォールを苦しめているようだった。それに伴い、周囲に展開していた魔法円が空気に溶けるようにして消えていく。
「す……みません、リーヴェさん……僕、本当に……てんで駄目で……」
「お前のせいじゃない、そんなこと言うなよ」
こいつは知らないんだ、姉ちゃんが自分の力を低下させてるってことを。この状況じゃ言う暇もないし、言うのも憚られるし。武器は手元を離れ、傷を負い、もうほとんど抵抗もできないだろうと踏んだらしいマックは、大剣を手ににじり寄ってくる。一度は魔法円に弾き飛ばされた連中も同じように。
「(……どうする、なんとかエフォールだけでも逃がして……いや、逃げろって言ってこいつが素直に言うことを聞くとは思えないし……かと言ってこのままじゃ……)」
苦しげな呼吸を洩らすエフォールの身をぐ、と軽く力を入れて抱いた矢先――片手に握ったままの錫の剣が突然淡い光を放った。小気味よい錫の音を鳴らすそれを慌てて見下ろすと、淡い光がエフォールの身を包んでいく。
途端、それまで歪んだ笑みを浮かべていたエフォールの姉ちゃんが喉を押さえて苦しみ始めた。
「がッ……!? がふッ、う、ッあああぁ!」
「ね、姉さん……!?」
「なんだ、何しやがった!?」
錫の剣から発せられた光は、エフォールの身に絡みついていた黒い霧を綺麗に吹き飛ばしてしまった。……そういえば、この錫の剣は
試しにエフォールの腹部辺りに手をあててさっきもしたようにその身に刻まれた傷を治療してしまうと、姉ちゃんからの黒い霧は二度とその身に絡みついてくることはなかった。再び絡みつこうとしても、霧が嫌がって飛散していくくらいだ。
「な……なんだろう、これ……内側から何か、込み上げて……」
周りの連中には相変わらず見えてないみたいだけど、カースの能力から解放されたことで抑制され続けていたエフォールの本来の力が戻ってきたようだった。それまでせき止められていたものが内側から込み上げてきているだろう感覚に、彼はふるふると軽く手を震わせていたものの、程なくしてその顔に闘志を宿すなりマックに飛びかかった。
「このガキッ! 叩き斬ってやる!」
「やれるものなら!」
マックが振り上げた大剣よりも、エフォールの殴りかかる一撃の方が遥かに早かった。躊躇なく繰り出された拳はマックのみぞおちを見事に捉え、自分の倍以上はある身を吹き飛ばした。それでも休む間もなく、エフォールは更に追撃に出る。仰向けに倒れ込んだマックの上に馬乗りになり、顔面を殴ろうと再び拳を振り上げた。
「この、クソガキが……ッ! だが、最後に笑うのは俺様だ! ――ティラぁ!!」
「……!? リーヴェさん、後ろ!」
これならいけるんじゃないかと思ったのも束の間、こちらを振り返ったエフォールの言葉に一拍ほど遅れて後ろを振り返ると、茂みから飛び出してきたティラがいた。振り上げられたその手には木製の大きな木槌が握られていて、今まさにこちらに振り下ろされる瞬間だった。きっと他に誰も潜んでいないと思わせるために、マックの指示がある時まで息を殺して身を潜めていたんだろう。
「ティラ……ッ!」
「あなたにそんな力があるってわかってたら、捨てなかったのに……!」
絞り出すようにそう呟きながら、それでも問答無用に木槌を叩き下ろしてくるところを見れば本当かよってツッコミたくなる。今からじゃ回避なんて到底間に合いそうにない。頭目掛けて振り下ろされるそれを前にできることは、衝撃に備えることくらいだ。
「うっ……!?」
けど、その木槌はオレの頭に直撃する寸前でピタリと止まってしまった。想像していた衝撃が訪れないのを不思議に思って反射的に伏せた目をそっと開けてみると、ティラが木槌を振り落ろした状態のまま固まっている。わなわなと全身を震わせる様は、まるで金縛りか何かにでも遭っているかのようだった。……いや、多分金縛りに遭ってるんだろう。
だって、彼女の背後には――ヴァージャが立っていたからだ。黄金色の眸を煌々と輝かせて。
「リーヴェ、傍を離れるなと言っておいたはずだな」
……なんて、メチャクチャキレながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます