本当の願いごと

 ディパートの街の宿に入ると、夕暮れ時の時間帯も手伝って宿の食堂内は大盛況だった。今日も一泊する予定だったから、部屋は昨日のままだ。二階に上がる途中で、昨夜部屋まで食事を持ってきてくれた女の子と鉢合わせると、何を誤解されているのか彼女は顔を真っ赤にして一礼し、そのまま慌てて階下に降りていった。


 ……昨夜のあの誤解は解いておきたいところだけど、後だな。まずは今後のことだ。



 部屋に着くと、フィリアは室内を見回して「わあ」と嬉しそうな声を上げた。この街の孤児院がどういう環境なのかはわからないけど、寂しい場所なんて言うくらいだからあまりいいとは言えないんだろうな。


 部屋に備え付けのソファにフィリアを座らせてから、オレたちは取り敢えず適当に椅子だったり寝台だったりに腰掛けて身を休めることにした。今日は依頼を受けるだろうと思ってはいたけど、想像以上に大変だった。できることならこのまま寝たいけど、さすがにそうもいかない。


 フィリアは軽く足をぱたぱたと動かしながら暫し珍しそうに部屋の内装を見回してから、ほんのりと顔を赤らめてジッと見つめてきた。少し興奮しているような、そんな顔で。



「それで、あの、さっきの話なんですけど……本当にいいんですか?」

「ああ、一緒に行くって話だろ? フィリアさえよければオレたちはぜひって感じなんだけど」

「そ、それは私もそうですけど、……お邪魔になりませんか?」



 すると、当のフィリアはそんなことを言ってオレとヴァージャとをちらちらと交互に見遣ってくる。最初は何のことかと思ったけど、ついさっきすれ違った女の子が顔を真っ赤にしていたのをフィリアだって見ていたはずだ。このくらいの年頃の女の子はませているし、よからぬ想像が脳裏を駆け巡る。



「邪魔って……」

「だって、お二人って、その……さっきのお姉さんもそんな雰囲気でしたし……」

「違う、断じて違う。間違ってもそんな事実はない。おいヴァージャ、笑ってないでちゃんと否定しろよ」



 やっぱりロクでもないこと考えてやがった。女の子ってどうしてすぐそっちの方向に考えるんだ。ヴァージャは顔を伏せて笑ってるし、あんたがちゃんと否定しないとただの照れ隠しみたいに思われるだろ。



「私たちはお前が思っているような関係ではないから心配しなくていい。それに、クランのことをどうするかちょうど考えていたのだ、お互いに得があるなら行動を共にするのも悪くないだろう」

「そう、ですか……私としてはとても助かります。クランを作れたのはお二人のお陰ですから。じゃあ、この頂いた報酬はみんなで使いましょう」



 思ってたよりもずっと簡単に話が纏まってくれてよかった。やっぱり、こういう時は神さまなんだよな、ちゃんと伝えるべきことを簡潔にきっちり纏められるっていうかさ。オレだけだと、さっきの関係の話から全然進まなかった気がする。



「そういえば、クランの名前ってもう決めてあるのか?」

「はい、私のクランは“ラピス”です。石って意味なんですけど……今はまだ石ころでも、いつかたくさんのメンバーが集まることでどっしりと安定した大きな岩になれたらなって……」



 まだ十歳なのにちゃんと考えてるんだなぁ。悪くないんじゃないか、呼びやすいし覚えやすいし。まだメンバーは最低人数の三人だけど、これから増えていくといいなぁ。まあ、メンバーの中に神さまがいるんだからもう盤石みたいなものだと思うけどさ。



「ラピスか、良い名だ」

「そ、そうですか?」

「ああ。聞いたことくらいならあるかもしれないが、この世界にはラピスラズリという石がある。あれは幸運をもたらす聖石と言われ、心からの願いを叶えるものと信じられてきた。クランで活動していく上で、お前たちの願いも叶うかもしれないな」

「へえ……よかったじゃないか。すぐには難しくてもさ、願いごと叶うといいな」



 ヴァージャが語る話に、フィリアはキラキラと目を輝かせてそれはそれは嬉しそうに何度も頷いた。なんて健気な子なんだ。八歳の頃に強引に親から引き離されただけじゃなく右も左もわからない環境に放り出されて、それでもグレることなくこんないい子に育ってさ。彼女が少しでも早く両親に会えるように、オレもできる範囲のことで協力していかないとな。


 なんて思ってると、フィリアは座っていたソファから立ち上がって固く拳を握り締めた。その背後にメラメラと燃える炎らしきものが見える気がする。



「はいっ! いつかクランをもっともっと大きくして、あの皇帝に復讐してやるんです!」



 ――ん? あれ?



「首を洗って待っているといいわ! 私を国から追い出したこと、絶対に後悔させてやるんだから!」

「……ちょっと、ちょっと待ってフィリアさん。つかぬことを伺いますが、フィリアの願いごとって……お、親に会うことじゃないの?」

「もちろん、帝国で今もふんぞり返ってるあの皇帝を皇帝の座から引きずり下ろすことです! パパとママにももちろん会いますけど、最終的な目的はそれですよ! さそり座の女は執念深いんです、あんな御布令を出したことを後悔するくらいギッタギタのメッタメタにしてやるわ!」



 フィリアってさそり座なんだ。――ってそうじゃなくて、もしかしてとんでもないやつに協力しちまったんじゃないのか、これ。最終的な目的は皇帝を今の座から引きずり下ろすことって、そんなの無謀すぎるだろ。てっきり親に会いたいからクラン作ろうと必死になってるんだとばかり……。



「……ふ」

「笑ってないであんたも止めろよ、あんな無茶な……」

「何を止める必要がある、お前はこの世界の在り方を変えたいのだろう。彼女はこの上ない協力者だと思うが。世界を変えるというのはそれほどのことだ、当たり前だとか常識などというものは頭から取り払え」



 復讐に燃えているらしいフィリアはそのままにヴァージャの傍に寄ると、潜めた声量で訴えかけた。けど、返る言葉を聞けばぐうの音も出ないわけで。言われてみれば……その通りな気がする。


 力と才能に支配されてる今の世界の在り方を変えるわけだから、フィリアみたいにぶっ飛んだ目標を持つ方がいいのか。言葉にするのは簡単でも、かなり大それたことをしようってわけなんだし。


 ……って言ってもすぐには切り替えられそうにないしなぁ、今はフィリアを見習うだけにしておこう。


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