フィリア・シュヴェーレン

「……私はフィリア、これでも生まれは帝国なんです」



 自らをフィリア――フィリア・シュヴェーレンと名乗った少女は、どうしてクランの設立にそこまでこだわるのか、その理由を静かに語り始めた。



「帝国って言うと……フェアメーゲン?」

「はい。正確には、フェアメーゲンにあるグランデっていう街の出身です。先代の皇帝さまの代の時に生まれて、今年十歳になりました」



 十歳っていうと、やっぱりアンより年下だ。口調と雰囲気のせいかアンより大人びて見えるけど、逆に考えるとそんなふうに大人びてしまうくらいの人生を送ってきた……ってことなんだろうか。ああ、聞きたいけど聞きたくないなぁ。そんな小さい子供がつらい過去を背負ってたら、って考えると、胃の辺りが縮こまるような想いだ。



「八歳の頃まで、私はパパとママといっしょに幸せに暮らしていました。でも、先代の皇帝さまが崩御されて、今の皇帝になった時……“我が帝国に秀才グロス以下の者は不要だから追い出す”という御布令おふれが出されたんです」

「じゃあ……」

「はい、私は凡人オルディです。子供も例外ではなく、私は親から無理矢理に引き離されて着の身着のまま帝国を追い出されました。……今は、このディパートの街の孤児院で厄介になっています」



 才能によって立ち入りを禁止している場所があると聞いたことはあるけど、まさかこんな幼い子供まで対象だなんて。本当にこの世界はどうしようもなく腐ってるんだな。



「それで、なぜクランの設立になるのだ?」

「力のあるクランなら、メンバーの才能に左右されずに入国を許可される場合があるそうなんです。……私、今のままじゃ死んでもパパとママに会えません。だから……」



 ……だから強いクランを作って、帝国に帰ろうってことか。他でもない、親に会うために。

 この子は、ただ親に会いたいだけなんだ。そりゃそうだよな、まだ十歳だぞ。八歳くらいの頃にいきなり親と引き離されて、右も左もわからない中に放り出されたんだ。クランのことだって、きっと彼女なりに必死に考えて見つけた道なんだろう。



「……ヴァージャ」



 そんな話を聞いたら力になりたいとは思う。けど、オレが役に立てることがあるとすれば、本当にただ頭数になることくらいだ。

 ちらとヴァージャの方を見てみると、何事か考え込んでいるようではあったけど、ややあってから了承の意味合いを込めて頷いた。



 * * *



 ギルドの受付嬢に指定された――ディパートの街から東に行ったところにある森の中に足を踏み入れて、約二時間。目的とした魔物を未だ見つけられないまま、オレたちはちょっとした迷子になっていた。


 フィリアはずっと先頭を歩いてるけど、その顔には疲労の色が見える。無理もない、まだ子供なんだ。オレたちより体力がなくて当然だ。



「……なあヴァージャ、さっきなんか考え込んでるようだったけど……迂闊に了承しない方がよかったか?」



 フィリアに聞こえないよう、極力声量を落として隣を歩くヴァージャに声をかけると、当のヴァージャは彼女の背中を見つめたまま考えるような間もなく頷いた。



「クラン設立にもテストがあると言っていただろう。彼女が自らの力でそれをクリアできるのかどうかを考えていた」

「……ああ、そうか。オレたちがずっと一緒にいるわけじゃないんだもんな」



 オレとヴァージャは、あくまでも彼女のクラン設立を手伝う頭数なだけだ。無事にクランを作れたら、その後は彼女が一人で活動していくことになる。今回の魔物討伐だって、フィリア一人の力で乗り越えなきゃいけないことなんだ。……迂闊、だったかな。後先のこと何も考えてなかった。


 今回の依頼を終えても、早く親に会いたい一心でもっと危険な仕事にだって果敢に挑戦していく恐れもある。フィリアのためを思うなら、心を鬼にして協力を断るべきだったのかもしれない。



「手がないわけではない、お前なら彼女の力になれる」

「……え? もしかしてさっき言ってた例の力――」



 オレならフィリアの力になれる、って言うと……思い当たるのは例のグレイスってやつの力しか思いつかないんだけど、そうかな。


 って言おうとしたら、殴るような勢いでいきなり口を塞がれた。下手すりゃ歯が折れちまいそうな衝撃を受けて、思わずくぐもった声が洩れる。ヴァージャが睨んでいる方を遅れて見てみると、草木をかき分けて――さっきのクランの男たちが姿を現した。えっと……バラクーダって言ったっけ。



「へっへっへ……なんだよ、もっと話し込んでていいんだぜ。何か面白そうな話してなかったかぁ?」

「まあいい、さっきはよくも恥をかかせてくれたな。キッチリお返しさせてもらうぜ!」



 どうやら、さっきギルドで恥をかかされた仕返しに来たらしい。すごいな、こいつら。あんな手も足も出ない状況だったのに仕返しに行こうって思えるのがすごい。

 危うく盗み聞きされるところだったけど……詳しいことはまだ何も話してなかったし、大丈夫だよな。



「リーヴェ、フィリアがいない。先に彼女を追え、そう遠くには行っていないはずだ」



 えっ、あ、本当だ。のんびり話し込んでいられるような状況じゃない!

 ヴァージャがこいつらに負けるなんて間違っても有り得ないだろうし、言われた通り先にフィリアを追う方がよさそうだ。オレよりも彼女の方が強いんだろうけど、それはそれ、これはこれだ。子供を森の中で放置するなんて冗談じゃない。


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