想像以上にヤバめの力

 翌日、朝も早くから街の外にある森で精神統一すること小一時間。ゆっくりと目覚めてきたらしい腹の虫が空腹を訴えてきたところで、朝の訓練――らしき時間は終わりになった。


 ヴァージャ曰く、巫術ふじゅつは自然と一体化するような感覚を身体に覚えさせることが重要らしい。だから、こうやって自然に囲まれたところでのんびり過ごす時間も術の精度を上げるんだそうだ。



「術云々は置いといても、こうやって朝に森の中を散歩するってのもいいもんだなぁ……」

「そうだろう、今後はこうした時間を設けるといい。今の人間たちは様々なことで思考が満たされ過ぎている、何も考えずに過ごす時間も多少は必要だ」

「それで、これを続けていくとどういう術を使えるようになるんだ?」

「……」



 朝早く、鳥のさえずりを聞きながら森の中をゆったり歩いたり、何もしないでボーッと過ごすのも悪くない。陳腐な表現だけど、心が洗われていくような感覚だった。気持ちのいい朝って、まさにこういうことを言うんだろうな。


 森から街に戻る道すがら、隣を歩くヴァージャに純粋に気になったことを聞いてみた。すると、何を思ったのか、当のヴァージャは少しばかり考え込むような難しい顔でジッとこちらを見据えてくる。なんだよ、そんなにおかしなこと言った?



「……何度も言うようだが、お前のことは私が守る。あまり傍を離れるな」

「お……おう。なんだよ、朝っぱらから」



 他意がないのはわかってるんだけど、いきなり乙女を撃墜しかねない一言をサラッと言ってくるのはやめてほしい。決してそういう関係でもないし感情も持ち合わせちゃいないけど、それでも心臓には悪い。


 なんて考えてると、ヴァージャは一瞬だけちらりと視線を周囲に巡らせた。誰かいないか、人の気配を探っているようだった。……ってことは、アレか。聞かれるとわりとマズい話か。



「初歩的な巫術は、まずは治癒術になるだろう。お前が背中を負傷した時にかけたようなものだ」

「……あんなすげえの使えるようになるのか。そうだよな、あんたの力を使うわけだもんな」



 一般的な法術にも傷を治す治癒術はあるけど、それは痛みを取り除いたり傷の治りを早めたりする程度の――所謂気休めに近いレベルのものだ。あの時のヴァージャが使った力みたいに、一瞬で怪我を完治させるなんて今の法術では間違ってもできないことだった。中にはできるのもいるのかもしれないけど。



「だが、お前が持つグレイスの力と巫術を合わせると……ロクでもないことに巻き込まれかねん」

「……例えば?」

「傷を治療してやるたびに、相手を成長させる。お前に傷を治されると単純に強くなるわけだ。今後習得する術は基本的にそう思うといい」

「……反則じゃねーか」



 ってことは、術を覚えてもそうホイホイ使ったりできないわけか。傷を治療したり今後覚えるだろう術をかけるたびに相手を強くできるなら、そりゃ……うん、強くなりたいやつが腐るほどいる今の世の中だとロクでもない目に遭いそうだ。もしかして、オレはとんでもないワガママを言っちまったんじゃないだろうか。



「使い方を誤りさえしなければ、お前が扱う巫術は多くの者の助けとなってくれるはずだ。そう悪い方に考えるな」

「ああ、……うん」



 使い方かぁ、ヴァージャがついてるならおかしなことに使ったりする心配はないと思うけど、ちゃんと考えて使わないとな。



 * * *



 宿で朝食を済ませてからギルドに向かうと、建物の中は人でごった返していた。依頼の受注や報告をするカウンターには長蛇の列ができていて、その混雑具合のせいか、なんとなくピリピリとした雰囲気が漂う。受付のお姉さんたち、大変そうだなぁ。やっぱりデカい街のギルドって大変なんだ。


 大きな掲示板に張り出されている依頼書を一枚一枚見ていくと、その単価の低さに驚いてしまう。どれもこれも、ひとつやふたつクリアしたくらいじゃ宿代にさえならないようなものばかりだ。下手すりゃ子供の小遣いより少ないんじゃないか。クラン用の依頼と比べて十倍近く差がある。



「うーん……」

「難しそうか」

「そうだなぁ、これじゃあ時間を無駄に使うだけのような気がする。急ぎの旅でもないんだから、別にいいんだろうけど……」



 オレもヴァージャもギルドの仕事は完全に初心者なんだし、まずはこういう単価の低いやつから地道にやっていくべきかね。何事もまずは経験がものを言うからな。


 取り敢えずどれか受けてみようかと依頼書を取ろうとした時、不意にギルドの出入り口の方から耳障りな笑い声が聞こえてきた。何事かとヴァージャと共にそちらを見遣ると、いかにも腕っぷしの強そうな大男が、一人の女の子の胸倉を掴み上げるという――俄かには信じ難い光景が視界に飛び込んできた。男は少女をバカにするように笑いながらその腕を高々と掲げる。



「おい見ろよ! このガキ今日もいやがるぜ! おおいお嬢ちゃん、オトモダチになってくれる人は見つかりまちたかぁ?」

「は、はなして……ッ」

「ひゃははははッ! 諦めなぁ、お嬢ちゃんみたいなガキのクランに入るやつなんかいるわけねえんだからよ!!」



 男は高らかに笑いながら、軽々と持ち上げていた少女の身をゴミでも捨てるように放り投げた。少女の口からはか細い悲鳴が洩れ、それがまた男や、その男の仲間たちの気分を昂揚させる。辺りには彼女をバカにする笑い声が響き渡った。


 それでもまだ甚振り足りないというのか、大男はよろよろと身を起こす少女のすぐ傍まで歩み寄って、厭らしい顔で笑う。弱者をいじめるのが楽しくて仕方ありませんって言いたげな顔で。



「お嬢ちゃんなら身売りでもした方が稼げるんじゃない? どれどれ、優しいオジサンがその身体を調べてあげ――うぎゃあぁッ!?」



 男は厭らしい顔で笑ったまま武骨な手を少女の身体に伸ばしたが、真横から静かに伸びてきた手に腕を掴まれ――そのまま捻り上げられた。当然、男の口からは悲痛な叫び声が上がる。


 スケベ心丸出しの男の腕を捻り上げたのは、ついさっきまで隣にいたはずのヴァージャだった。またいつの間に移動したのか、ここから出入り口まではかなり距離があるぞ。



「子供相手に乱暴は感心しないな」

「な、なんだテメェ! ふざけやがって!」



 男は完全に頭に血が上っているようだった。ヴァージャがちらとこちらを無言で見てくるけど、正直止める気はない。

 いいよいいよ、そんなロリコン野郎にはちょっと痛い目を見せてやれ。


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