自称神改め……

「私はヴァージャ、この世界の創造主だ」



 あの後、死体の確認にでも来たのか、はたまた巨大なドラゴンが忽然と消えてしまったことを不審に思ってか――崖を降りてきたマックたちに見つからないよう、近くの森に身を隠しながら何とか街の自宅まで帰り着いた。


 スターブルの街中はまだ混乱と不安に包まれていて、賑わう夕方になっても居住区はシンと静まり返っている。

 玄関の鍵をしっかりとかけてから、取り敢えず自称神と落ち着いて話をするために居間のソファに対面する形で腰掛けた。



「……あんた、本当に神さまなの?」

「そう言っている。竜に姿を変える術や種族の話など聞いたことはないだろう」

「まあ、うん。そうだな」



 この自称神――もとい、本当に神さまらしき男の名前は『ヴァージャ』と言うそうだ。

 確かに、ドラゴンに変身する魔術があるとか、そんな種族がいるなんて話は今まで耳にしたことはない。冒険者たちと違ってオレはこの街を離れることがないから確かなことは言えないんだけど。



「……その、先に言っておきたいんだけど、オレにできることなんか何もないぞ。少しの間泊めてくれってことなら、宿代わりにウチを使ってくれてもいいけどさ」



 取り敢えずは、この男が神さまってことで話を進めよう。

 何より気になるのは、どうしてこいつがオレみたいな無能を必要とするか、だ。マックみたいな天才ゲニーが必要っていうならわかるんだけどさ。


 すると、神さまは――ヴァージャは少しばかり難しい顔で視線を下げた。テーブルに置いたマグカップを両手で握り込んで暫く黙り込む。そんな様も異様に画になってなんとなく悔しい。



「話せば長くなりそうだが……今の私はひどく弱体化している、極限まで力が弱まっているのだ」

「……え? なんでそんなことに……」

「力、才能、権力、富……この世界の人間たちはそうしたものに偏り過ぎて、信仰心を失ってしまった。神は人々からの信仰を得られなければ徐々に力を失い、世界を維持できなくなる」



 ああ、そりゃあなあ。この世界で神さまとか何とか言ったら、指をさされて馬鹿にされたり、頭は大丈夫かと嘲笑されるだけだ。それだけ「神」という存在はあやふやなものとして扱われている。そこに信仰心などあるわけがない。

 情報をひとつひとつ頭の中で纏めていくと、最後にしれっと告げられた言葉が引っかかった。



「……ん、待て。世界を維持できなくなる?」

「ああ。私が完全に力を失えば、先ほどのように理性を失い竜の姿となり、あらゆるものを襲う。世界は様々な天変地異に見舞われ、内部から激しく崩壊するだろう」

「そういう重要且つ恐ろしい情報を涼しい顔でしれっと言うのやめてくんない?」



 うっかり聞き逃すところだった。とんでもない話だ。

 つまり、人間たちが信仰心を失ったから神さまは徐々に力を失って、弱ってしまった、と。最終的には世界そのものが崩壊するってわけか……っていうか、あのドラゴンの姿って理性を失ってる状態だったのか。



「……で、オレに何しろっての? さっきも言ったけどオレにできることなんて……」

「特別なことは何もしなくていい、ただ私の傍にいなさい」

「そ、それだけ?」



 いまいち、この神さまの言うことがよくわからない。

 オレが必要って言うわりにはただ傍にいろって、つまり……ええと、世話係ってことか?



「そうではない」

「もう当たり前の顔して心読んでくるじゃん……」

「お前はグレイス――という意味だ。お前は想いの力によって、他者に力を与え、能力や才能を最大限に引き出す特殊な力を有している」



 涼しい顔して、当たり前のようにオレの心の声と会話してきやがる。

 けど、続く言葉を聞けばそんな文句も不満も綺麗に空の彼方に吹き飛んでいった。



「想いの、力? なんだそれ……」

「簡単に言うなら……そうだな、友愛、恋愛、家族愛、そういった好意のことだ。お前が好意を寄せた相手は、グレイスの力によって爆発的に能力が高まる、……と言えばいいか」

「好意を寄せた相手……」



 その説明を簡単に纏めると……えっと、とにかくオレが好きになったやつがメチャクチャ強くなるって解釈でいいのかな。今まで無能無能って言われて生きてきたのに、いきなりそんなオレに実は力がありましたなんて言われても、はいそうですかって信じられるものじゃないんだけど。


 けど、そこで真っ先に思い出すのは、いつだったかティラが言ってくれた『リーヴェの傍にいると力が湧いてくる気がするの』っていう一言。あの時は無能って言われ続けるオレを気遣って言ってくれたんだろうと思って気にしなかったけど、もしかして本当に……。



「(……いや、ティラは元から才能があるんだ。彼女は天才に一番近い秀才グロス寄りなんだし……)」



 それに、自分のお陰でティラが強くなってたとか思うなんて、とんだ自惚れ野郎じゃないか。おこがましいにもほどがある。

 でも、こいつがさっきみたいなドラゴンにならないで普通に話ができてるってことは……近くにいるだけで徐々にでも力が回復していってるのかな。



「リーヴェ」

「なん――」



 コイツに名前を教えた覚えはないけど、どうせまた勝手に人の頭の中を覗き見たんだろうなぁ……。

 なんて思いながら返事をしようとしたところで、不意に身を乗り出してきた神さまに真正面から思い切り腕を引かれた。あろうことか胸に飛び込むような形になって、思わず声を張り上げてしまいそうになる。それを辛うじて堪えられたのは、直後にすぐ真後ろで爆音が響いたせいだ。


 慌てて振り返ってみると、部屋の壁が窓ごとメチャクチャに崩れていた。今の今までオレが座っていたソファなんて砕けた壁と天井の破片が直撃してひどい有り様だ。もくもくと立ち込める煙と、その先に佇んでいたのは二人の女。さっきも見たヘクセと――やかましいくらいにフリルを散りばめた可愛らしい衣服に身を包む少女、ロンプだった。



「あはっ、マックの言った通り。ほんとに生きてたんだぁ、無能クン♡」

「無能のくせに、どうやら悪運だけはお強いようですわねぇ。ティラの後押しになるのは不本意ですけれど、マックのためにもあなたを生かしておくわけにはいきませんの。悪く思わないでくださいませね」



 どうやら、さっきのやり取りを聞いたオレが生きていることが不都合なようだ。まあ、昨夜とさっきで二回も事故に見せかけてオレを殺そうとしたんだから、それを口外されたらマックの名に傷が付くんだろうな。


 どうする――神さまは弱ってるって話だし、こんなことに巻き込むわけには……。



「リーヴェ、余計な心配はしなくていい。少し下がっていろ」

「え……」

「あら、随分と素敵な殿方ですこと。でも、無能のボディーガードだなんて人を見る目はなさそうですわね」

「邪魔すんならイケメンだって容赦しないんだからねぇ!」



 ヘクセとロンプはすっかりやる気だ、杖やら魔導書やらを取り出して次々に宙に魔術を展開させていく。人の家の壁を破壊して乗り込んできて、そのまま暴れようだなんて勘弁してほしい。

 対する神さまは――特に身構えることもなく、彼女たちの出方を窺っているようだった。


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