5 弱点(2)

 もともとLOVの属するゲームジャンル――MOBA(マルチプレイヤーオンラインバトルアリーナ)は、RTS(リアルタイムストラテジーゲーム)と呼ばれるゲームを発展させたものになる。RTSとはターン制を取っ払いリアルタイムに流れる時間軸をプランニングしながら相手と戦うゲームである。簡単にいうと、将棋を交互に指さずに好き勝手に指す感じ。


 そのRTSを複数人で対戦するようにしたものがMOBAである。


 チャンプ選びにスキル取得順にアイテム購入の順番まで、それら戦略と戦術の連携には定石がある。その定石を読み取り、相手の定石より一歩、たった一歩、相手より優位に立てたチームが勝つゲームなのだ。そう。それが戦略ゲームといわれる所以だ。格闘ゲームとは違い、反射神経よりも、広い視野、知識、判断力――そういった、脳の回転力が必要になる。


 反射神経が重要な競技ではない以上、人並みの反射神経があればよい。


 そう。人並みであれば。


 杏奈が花ヶ崎のモニターをのぞき込んで花ヶ崎にゲキを飛ばす。


「ほら、ラスト狙いぃよ! はいそこ!」


 チームの中で杏奈はLOV歴が一番長いらしい。小学校にあがったころからLOVをやっていて、LOV歴は五年と言っていた。次に双子がLOV歴三年で、花ヶ崎が二年。そして俺が二か月。


 必然的にLOVの知識は杏奈が多いわけで、俺も最初の一か月は杏奈からかなりのことを教わった。杏奈は熱心に教えてくれた。


 そして、きょうは花ヶ崎の特訓だった。というより花ヶ崎に水をぶっかけてしまったことへの杏奈なりの埋め合わせのようだった。


 杏奈が花ヶ崎のうしろにモニターを覗いて、ああでもないこうでもないと声を上げる。


 LOV序盤戦でもっとも重要ものは、「ファーム」と呼ばれるレベル上げとコイン集めだ。


 開始一分で自陣・敵陣からモブと呼ばれるNPC経験値と金の元が出てくるようになり、そのモブを倒したチャンプは経験値と、コインと呼ばれるアイテムと交換可能なお金をゲットすることができる。そのモブを倒す際、ラストヒット――ようはトドメを刺したチャンプが、通常の一・二倍の経験値をとコインを得ることができるシステムとなっている。


 このラストヒットが簡単そうで難しい。


 モブはモブ同士で戦っていて、適当な攻撃はトドメを別のモブへ献上することになる。


 HPバーを注視して、どのモブをどの順番で攻撃していくか、とっさの判断と自分の操作するチャンプの攻撃膠着時間攻撃できる間隔を逆算してできるようになる芸当なのだ。


 このラストヒットがとても重要で、ラストヒットによる撃退数に、「CSクリープスコア」と名前がついているくらいだ。


 LOVのプロのCSが、三十分間で三百を超す。これは八割のモブをラストヒットで仕留め、効率よくファームしたことを意味する。


 高校の全国大会で優勝するレベルのCSが、三十分間で二百。五割五分のラストヒット率。俺たちがまず目指す水準がこのレベルだ。


 半分ちょいのラストヒット。


 杏奈がCS率四五%。双子も四十%と、これも驚異的な数値だったりするが……まだ足りない。ちなみに俺はジャングラーと呼ばれるポジションでCSを狙う役割ではない。


 花ヶ崎のCSは、


 ――四。


 パーセントいうと、一%なのである。


 これはガチャ押ししてたまたま手に入るポイントの方がまだ多い。


 狙って外しているからたちが悪い。


 そんなレベルなのである。


「じゃあ、ウチがハイ、ハイ、ハイって言うから、そのリズムでモブをマウスで指定して倒すんよ! ハイ、ハイ、ハイ!」

「ハイ、ハイ、ハイ!」


 画面のモブは半瞬遅れて、味方モブが倒していく。花ヶ崎が操作するR62には通常経験値が加算される。


「あぅうううううううううううううう! さくらネエ、遅い!」

「あぅ~。ごめんね、杏ちゃ~ん」


 花ヶ崎が涙目になりながら頭を抱える。


「じゃあちょっと測定するか」


 闇雲に練習するふたりを見て、たまらず俺も割って入った。まずは現状認識しようって。


 PCからブラウザを立ち上げて、とあるサイトにアクセス。


「反射神経テスト?」


 花ヶ崎がぽかんとした声を上げた。


「このサイトはFPSを主に主戦場するゲーマーたち向けのサイトだ。画面中央の赤丸が黄色に変化したときにクリックすると、自分の反射神経っていうのが測定できる」


 ちなみにゲーマーの平均的なスピードは〇・二秒。


 FPSエフピーエス(ファーストパーソン・シューティングゲーム)は格ゲーと並び、反射神経のゲームだ。FPSの世界ランカーはこの反射神経スピードが〇・一にも及ぶ。俺は3D酔いするから苦手だけど、もしかすると俺もFPSを主戦場としていたかもしれない。


「あ、じゃあ、杏奈! 杏奈がやる!」


 杏奈が目を輝させて、花ヶ崎の膝に座ってマウスをスタンバイ。


 興味が出たのか、恵璃奈と晴瑠も自分の画面にサイトを表示させた。もくもくとプレイして、はしゃがないふたり。


「うりゃ。うりゃ。うりゃ!」と杏奈が五回計測。双子姉妹も計測した。


 結果、


 杏奈  〇・一九二秒

 恵璃奈 〇・二一二秒

 晴瑠  〇・一二二秒


 と、みんなMOBAをするなら十分な結果だ。


 とくに晴瑠は反射神経がいい。「晴瑠すごいじゃん!」と声をかけると、「あうっ」って目をそらされた。それ昔、家にきた美海の友達に挨拶したときと同じ反応だかんね。あとから美海にめちゃフォローされたかんね。思い出して泣きそうになったけど泣かなかった俺えらい。


 ちなみに俺は過去の計測で〇・〇九八秒。


「次は私ですね」


 むんと、花ヶ崎が胸の前でこぶしを握る。


 そして、深呼吸して、測定を開始させた。


 結果、


 花ヶ崎 〇・四八四秒


 遅い。これは……あまりにも、遅い。


 ゲーム、いや、eスポーツにおいて、〇・一秒のミスが致命傷になるときがある。三十分、一時間の長丁場の試合においても、一瞬のミスが挽回できずに敗北につながることだってある。


 花ヶ崎の弱点。


 そう。それは、反射神経の問題だった。


 ありていに言うと、鈍い。遅い。どんくさい。


 表示を見て判断して反応に至るまでが遅いのだ。


 その半瞬。一瞬の半分のそれは、ゲーマーにとって致命的だった。

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