498話 決 6
直感する。終わりが近い。
とは言っても、今の俺たちに時間感覚なんて残っているはずがない。空にいて足元不注意のまま激突したから落下しているはずなのに、そういった感覚もない。
世界はすべて遠ざかっている。
いつかバスティと語らったとき、《光背》行使時の感覚について『あらゆるものから見捨てられ、引き離されている感覚』と表現したことがある。今は《光背》は発動していない───というか、そもそも名付けられた類の《信業》が機能するような状況にないが、感覚的には《光背》に包まれているときとそっくりだ。
俺とディレヒトの溢れ出した魂が、《九界》を彼方に押しやっているからここには何もない。
お高いところから俺たちを見下ろすばかりで、何かやってくれるわけでもないのに崇められて信じられる至高の神、名をグジアラ=ミスルクって言うらしいが。彼だか彼女だか知らないそいつの手の届かないところで、俺たちは二人、踊っているみたいだった。
俺が剣を振るう。ディレヒトが受ける。
ディレヒトが剣を振るう。俺が避ける。
究極的に集中した意識同士の戦いは、本来そこにあるはずの周囲への影響すら許さない。これが《九界》上で繰り広げられる戦いなら、いま俺が振るったアルルイヤで地平の果てまでぶった斬れるし、ディレヒトが軌道上に差し挟んだ剣とぶつかり合う衝撃に聖都は陥穽と消えるだろう。
けれどここには、そういうものはないから。
もともと気にしていられるような余裕もなかったけれど、だから、この終わりの舞台でなら俺たちは思う存分舞えると感じる。互いに剥き出しの魂の狭間、小難しい理屈の《信業》すら置き去りにして、持てるすべてを曝け出しきって、あとは終わるばかりの最終決戦。
───終わってしまうのか、と思う。
俺は勝ちたくて、何が何でも彼とだけは白黒つけておきたくて、それだけを求めてこの場まで至ったはずなのに───いざ終わりが見えてくると、まだ勝ててもいないくせに猛烈に惜しんでしまう。
……だって仕方ないじゃないか。きっと、もう二度とこんな光景は見られない。命の奪い合いという形であれ何であれ、ユヴォーシュ・ウクルメンシルという自分自身すら擲つほどの底のまた底を浚える機会なんて一生に一度。
これまで会ってきた人々に失礼だから、「この瞬間のために生きてきた」とは言わない。けれど、この瞬間を生きていることも否定しない。
丘に座って穏やかに過ごす長い午後も、斬り払う剣を寸でのところで躱す刹那も、どちらも等しく俺の人生。
だから、いつか終わる。
後悔は引き裂く傷だ。“ああすれば良かった”は魂のみならず世界すら引き裂いて、可能性の名のもとに価値をズタズタにしていく。俺はそんなこと望まない。やるなら前向きに“もしも”を願うばかりで、それだってこの場には不要なもの。
俺とあんたの間に、最後の最後に必要なのは、そんな言葉じゃないだろ?
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