496話  終決   14

 アルルイヤに魂をたっぷり食わせてやる。どうせ俺の魂でもない、《背教》で作り出した無色の塊だ。遠慮することはないぜ!


 堰を切ったように溢れる黒。抑制されることのないそれを武器として、俺はディレヒトに斬りかかる。


 対する彼は片手に聖剣、もう一方の手には《信業》で造り出した光剣───神聖騎士の基本技能だったか?───を握っている。二刀流、面白い!


 首を刈る横薙ぎをしゃがんで避ける。驚くなよ、俺が回避したっていいだろう。《背教》を絶対視して受け続ければ意志の力を削り切られやがて倒れるのだから。それだけアンタの攻撃を脅威と見なしてるってことなんだ、喜んでくれ。


 まあ、そうは言っても、俺の剣も同じく回避されるのはやっぱり腹立たしくなってしまう。斬れども斬れども《輝きの騎士》が尽きるまではディレヒトの生身には届かないが、それは三百余体を皆殺しにすれば届くことの裏返し。回避しないディレヒトと今の俺ならばそのくらい、ひと呼吸の間に使い尽くしてしまうつもりでいるから正解だ。


 互いに剣を振るい、互いに剣を避け、躱しきれず受けても止まらない。


 命よりも深い所で戦っているから、命が止まっても終わらない。


 ディレヒトが跳んだ。溜めもなく跳躍して一瞬で鳥か何かのような大きさにまで遠ざかり、閃いたと思ったところに飛来する光剣の投擲。


 受けた瞬間、光剣が炸裂した。なるほど光剣は“破壊する”という力を凝集して形作られている。それで斬ればそりゃあなぞったところが破壊されて斬れるし、剣そのものを投擲武器にすれば解き放たれた破壊性は《炸裂の魔導書スクロール》の何倍もの威力で破壊を撒き散らす。《年輪》のヴェネロンを木端微塵にしたのもこれだし、先ほど《輝きの騎士》たちの集中砲火で俺の右腕を持っていったのもそうだが───にしたって威力が段違いだ。天龍の息吹ブレスよりも火力が高いってのはどういうわけだ、しかも単発で!


 そしてそれが、距離を取っている限り連続で放たれる。


「待てよコラ───」


 ディレヒトの姿は遠く小さい点のようだ。追いつけるか───そう考えそうになるのを押し殺す。どれだけ遠くたって出遅れたのはだ。なら追いつけない道理はない。


 馳せる。


 音を越えて光よりも速く、もっと速く。邪魔な物理法則なんて脱ぎ捨てて、ディレヒトのところへ辿り着け。


 絶対に勝て。


 空中、待ち構えていたディレヒトの二剣が襲い掛かってきた。飛び込んだ俺に逃れる道はなく、防ぐにしても俺の剣は一本のみ。けれどそれなら、先に打ち砕けば済む話だ。


 光剣に向けて黒を解き放つ。砕け溢れる端から破壊性の光を呑み尽くしていく黒。けれど僅かに足らない。俺の身体に聖剣が辿り着くのと、ディレヒトの身体に魔剣が行き着くのはこのままじゃ同時だ。仕方ないから左腕を捧げよう。いくら聖剣だって、これを斬るのは骨だろうさ───!


 白黒一閃。


 俺の左腕、魔導義肢はグチャグチャにネジくれて付け根から破断した。対してディレヒトの左腕は、握っていた光剣もろともアルルイヤに呑み込まれて跡形もない。痛み分けのかたちだが不本意だ、俺は今の一撃でディレヒトをぶった切ってやるつもりだったのに、咄嗟に退いてしまったのか。


 負けるのを恐れて。


 ───砕け散る音を聞いてようやく、俺は自分の奥歯を噛み砕いてしまったことに気づいた。

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