484話 有頂天動その4

 《記す瑕》のクウィズィールが空中で暴れ狂う。


 ヒウィラが引っ付いていても痒いとすら思わないほどの巨体が、まるで蚤にたかられたみたいにぐるんぐるんと不審な挙動をするのを、ナヨラは地上から呆然と眺めていた。


 ちょっと事態は彼女の理解を越えている。てっきりあの《悪精》───ヒウィラとか言ったか、《真なる異端》ユヴォーシュの連れ合い───は、九大天龍たちとのだと思っていたのだ。だから同じタイミングで聖都を襲撃してきたし、こうして追い詰められたヒウィラを運ぶことで手を貸しているのだと納得していたのに───なんだ、あの醜態は?


 あれではどう見ても天龍がヒウィラを探すか何かしているようじゃないか。


 、全く理解が及ばなかった。


「……あ~も~、ゴチャゴチャさせないでよね~!」


 ヒウィラと天龍がどういう関係であれ、突き詰めればどうでもいい点だ。信庁は最終的に《大いなる輪》さえ死守すればそれでよい。《悪精》と天龍が結託して突っ込んでくるならまとめて吹っ飛ばせばよく、もしも協力関係でも何でもないなら勝手にやっていろという話である。


 手の届かない空で勝手している連中は放置あるのみ、それよりも警戒すべきは。彼が信庁を裏切ったという情報は届いているが、機神ミオトの体内に突入して以来行方不明となっている。突入が目くらましの可能性を考えれば、《大いなる輪》の元へ急ぐべきとナヨラは判断した。


 ───彼女の情報源は、《冥窟》のルーウィーシャニト。


 聖都イムマリヤの地下に広がる《冥窟》、小神の神体を収蔵するための《人柱臥処》の女主人たる彼女は、《神血励起》を絶えず発動し続ける代償としてそこから一歩も外に出られない。とはいえ並外れた魔術と《信業》の素養を活かして立体幻像の自分を聖都に送り込み、安全地帯から情報集積の任を担っていた。


 非常事態になってからこっち、およそ聖都で起こっていることのかなりの部分を、ルーウィーシャニトは把握していた。ただし機神ミオトの体内、搭乗回廊での出来事については例外で、なにせ小神の体内だ。立体幻像など送り込めるはずもなく、よってメール=ブラウとンバスクが相討ちになったことなど知る由もない。


 警戒を怠れない。ヒウィラへの追撃を諦め、かつて年次信会オースロストが開かれた信庁大議場へと足早に向かうのは、理に適った行動と言えた。


 決して、ヒウィラの行動について深く考えるのが面倒になったとか、そういう理由からではない。

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