482話 有頂天動その2
ヒウィラが大きく跳躍する。
壁がまるきり無いように勢いよく、突っ込む。彼女が何事もなく擦り抜けた痕は、彼女で型抜きしたように穴あきになっていて、花びらが舞い散る。
一瞬も間を置かず、壁を穴ごと吹き飛ばして、《醒酔》のナヨラが追いすがる。
「逃がさないよ~」
「しつこいッ!」
カストラスの念話放送は彼女たちにも届いていた。つまりヒウィラは《大いなる輪》の位置を知ってしまい、ナヨラはヒウィラが知ったことを知ってしまった。ここで戦い続ける理由はヒウィラにはなく、ナヨラにはある。必然的に、戦いは戦場を目まぐるしく移しながらの追いかけっこの様相を呈していた。
ヒウィラが必死に距離を取ろうとしているのを、ナヨラが死に物狂いで詰める。ナヨラの戦型は近接戦特化、ここで間合いがあいてしまえば一方的に爆撃の標的にされる。それでも受け流しきる自信はあるが、それでは何にもならない。彼女の目的は生き延びることではなく、ヒウィラを《大いなる輪》に到達させないことなのだから。
垂直に壁を駆け上がるヒウィラと、それを追うナヨラ。合間合間にヒウィラの“敵意の棘”が放たれ、イルキシャルがそれを受け流し、纏って打ち返しの応酬を挟みつつ、二人は一息に尖塔の頂上付近まで駆け上がった。
眼下に広がる聖都の惨状に眼をくれている余裕はない。
機神ミオトの暴走と崩壊によって、街並みのあちこちが虫食いのように煙を上げているのも、未だ死闘を繰り広げているユヴォーシュとディレヒトのことも。
今の彼女が気にかけるべきは、もっと上のこと。
「……逃げ場、もうないよ~。観念して~、降りてきたらどう?」
「───ああ、やっぱり。間延びした喋りだから、そうじゃないかと」
「はあ?」
「寝惚けてらしたんですね、貴女」
言うだけ言って、ヒウィラは反撃が来る前に跳び下りる。もちろん追い縋ってくる───聖究騎士の走行速度が自由落下よりも遅いなどということはありえない、これだけ戦っていればヒウィラにだってそれくらい分かる。もちろん世を儚んでの身投げでもなく、これは誘き寄せるための投身だ。
ナヨラが落下地点に先回りするよりも早く、空中のヒウィラ目がけて猛スピードで突っ込むものがあった。
「なッ、そういうことか───!」
それは天龍。
機神ミオトと戦い、まだ活動状態を保って聖都上空を旋回していた何柱かの生き残りのうちの一柱、《記す瑕》のクウィズィール。無防備に落下するヒウィラ目がけて真っすぐに、大口を開けて突っ込んできたそれを見て、ヒウィラは口の端だけで笑った。
回廊に立ち並ぶ列柱のような太さの牙、牙、牙。その奥、喉の先にはちろちろと仄明るい焔が揺らめいているのすら確かめられる。およそ常識で計り知れない超生物の顎が、砦の門の如き轟音と共に、閉じた。
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