206話 聖都帰郷その2

「ああ、ニーオは幼馴染だよ」


 今日は珍しく一通だけの手紙を受け取りながら俺は答える。都市政庁からの通知がどっさり届くのと、ニーオからの手紙が届くのと、どっちがマシかと言われれば真剣に考え込んでしまうだろう。それくらい、俺にとっての彼女は騒動の火種のイメージが強すぎる。


 爪を肉食獣のそれのように伸ばして封筒を切り裂く。用済みになった爪は弾けばちょうどいい位置でぱきん、と切れた。


「横着しないでレターナイフとか使いなよ、ユーヴィー。何でもかんでも《信業》頼りの人生はどうかとボクは思うな」


「……見てたのか。いいだろ、何でもかんでもってほどじゃないし」


 バスティは肩をすくめる。


「それにしても、聖究騎士から何の便りだい。ボクも興味があるなぁ」


「その……ニーオという人は、魔王相当者なのですか。───いったいどういう伝手が?」


「って言われてもな。ロジェスと違って、ニーオとは本当に幼馴染だっただけだ。あるとき《信業》に目覚めて、いつの間にか聖究騎士になってただけで。そんな俺がさも聖究騎士を狙ってコネクションを作ってるみたいに言われるのは心外だぜ」


 聖究騎士。《人界》において頂点たる九人の神聖騎士。何れも強力な《信業遣い》とされ、その存在は《魔界》の九大魔王に匹敵する、とされる。


 信庁に目を付けられている俺からすれば、要警戒人物たち。


 ディレヒト、ロジェス、ニーオ、そしてメール=ブラウ。俺が知っているのは四人だけ。半分もいない。だが、そのいずれもが桁外れの超人たちだった。


 《真龍》相手に共闘したニーオ、大魔王相手に共闘したロジェスは言わずもがな。


 前線都市トトママガン上空で相対した《鎖》のメール=ブラウ。あれも後にロジェスが語ったところによればどちらも本人ではなく、《信業》で作った分身のようなものらしい。本気などとても出せはしない様子見だったと聞けば、俺は唖然とするしかなかった。


 そして、ディレヒト・グラフベル。───俺を《枯界》に追放した男。神聖騎士筆頭にして、ロジェスが「《人界》最強だ」と断言した聖究騎士。今にして思えば、“テグメリアの花冠”亭での会談はそれはもう恐ろしい綱渡りをしていたのだろう。《枯界》から帰還した俺をディレヒトが買い被らず、あの場で排除することを決めればきっと容易く殺されていた。当時だって震えそうになりながらの交渉だったけれど、それでも《信業遣い》としては同格だと思っていたから臨めただけで、聖究騎士───魔王相当者と知っていればとてもそんなことは出来なかったはずだ。


 そんな連中が、たぶんあと五人。揃える信庁の層の厚さ、圧倒的武力はやはり《魔界》の比ではない。全員が全員、聖都に揃っていることもそうそうないだろうが───やはりディレヒトや他にも幾人かはいるだろうと考えると、できれば近寄ることも避けたいところだ。本音を言えばここディゴールとて近すぎるくらいなのだが、聖都とはあまり緊密な関係ではないから良いかと甘く見ているところはある。


 にも関わらず、そんな《人界》の中心、信庁本殿が聳える聖都イムマリヤに、


「帰ってこいってどういうつもりだ、あんにゃろう!?」

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