192話 大魔王殺その5

 踏み込む。


 アルルイヤの刺突がマイゼスの脇腹を貫くのと、俺の肩に片手剣が食い込んで骨を砕くのは同時だ。蹴りつけて距離を取る───俺よりもマイゼスの方が傷の治癒が早い。彼の《信業》の強大さは無関係だ。彼は今、全力を身体強化に費やしている。回復は彼の手斧によるもの。


 あの斧も《遺物》、握っている者を常に最善最良の状態に維持する逸品だ。片手剣も《遺物そう》で、一回転させることで破壊のエネルギーを纏わせる。エネルギーは所持者の意のままに形を変えるため、剣の実長よりも遠くを斬りつけることも、剣の切れ味に加算することも可能だ。


 《澱の天道》だけではない。二つの《遺物》を自在に操ることで、彼自身の《信業》をすべて自己の強化に費やせるのだ。大魔王の本気の証、彼の頭部に輝く光の冠が出現しているから一目で分かる。そこまでされれば俺の《光背》だけでは防ぎきれない。


「おらッ───」


「鬱陶しい、その魔剣、へし折ってくれる───!」


「させっかよ───!」


 片手剣の《遺物》を三回転、鉈みたいな刃渡りの破壊力。俺もアルルイヤに自分の《信業》を喰わしてやって、大剣みたいに膨れ上がったそれを真っ向ブチ当てる。黒い《顕雷》と赤い火花が散る。


 あんな大口を叩いておきながらマイゼスの狙いは俺自身。斧が振りかぶられる、《光背》で受け止める。そこに降り注ぐ《澱の天道》、破壊したのは八大魔王だけだから当然とはいえ邪魔っけだな!


 奔流に左腕を囚われて抜け出せない。とんでもない粘性って感じだが、それだけじゃないのは腕力だけでどうにか出来そうにないことから分かる。このままだと腕から俺の因子まで取り込んで、挙句の果てには俺対俺を演じさせられるんじゃないかと考えるとゾッとしない。俺は極短時間の《光背》反転を発動して拘束から脱する。


「そう来ると思っていた!」


 そこにマイゼスの剣と斧が一気呵成に攻めかかってくる。こっちは自傷の治癒も終わっちゃいないってのに!


「させません!」


 ヒウィラの棘が降り注ぐ。助太刀はありがたいんだけど、これ、俺もまとめて撃ってるだろ。《光背》がなかったら穴だらけだぜ。防げると信頼してくれてるのか、さっきの流れで防げなかったらそれはそれでと思われてるのか。前者だといいな。


 マイゼスが《澱の天道》を操作して奔流に棘を呑ませる。俺は地を這うようにその下を潜り抜け、たところに振り下ろされる剣を《光背》で受け止める。顔面に迫る爪先、歯を食いしばって顔面への蹴りを耐え───


 ───きれない。吹き飛ばされながら潰された眼球を全速力で復元する。《光背》がなかったら頭左半分吹っ飛ぶ威力。


「なんつう強さだよ……!」


 どうにも崩れない、崩せない。あと一手、がないと有効打は叩き込めないが思いつかない。さりとてのんびり考えている暇もないから場当たり的に斬り結ぶしかない、そんなことを考えているから頬を斬られる耳まで吹き飛ぶ!


「オオオオオッ!」


 咆哮、この際どこまで自分自身を使に賭けてやる。俺が腹を括って飛び込んだ先を、《澱の天道》から伸び降りてきた怒涛が縦横無尽にうねり、這いずる。跳び越えた先に待ち構える大蛇のごとき黒。弾くために《光背》を展開したところを狙ってマイゼスの渾身の斬撃。よっしゃ、来い───そう思っていたのに。


 その腕が斬り飛ばされる。


「馬鹿、な───」


「───!?」


 そう、剣を握っていたのはヒウィラだった。手にカヴラウ魔王軍の正式採用のロングソードを握り、純白だったウェディングドレスの裾を引き裂いて足さばきの邪魔にならないようにし、顔全体で『私だって』と主張している彼女は、とても綺麗な、お手本のような剣技を披露して見せた。


 確かにメール=ブラウの襲撃に反撃できる程度に動けるなら、この戦いに割って入ることも不可能ではないだろう。けれどそんなことをするとは思いもよらなかった、そんなことをせずとも後ろから十二分に支援射撃を出来ていたんだから、危険を冒して前に出てくるなんて───と、俺もマイゼスも一瞬硬直する。


 動き出しはマイゼスの方が早かった。痛みが本能を急かしたのか。片手剣は斬り飛ばされている───と言いつつもう繋がり始めているが───ため、手斧を振るう。ヒウィラの体勢からでは防げない───なんの!


 俺は《光背》に回していたぶんの《信業》をすべて身体強化に注ぎ込んで、マイゼスの手斧を喰らいながらも返す刀で胸を突く。胸板を貫いて血を飛沫かせるアルルイヤと、肋骨からめり込んで肺腑をぐしゃぐしゃにする手斧に、双方声にならない声を上げる。


「ユヴォーシュっ……!」


 ヒウィラの声、悲痛な叫び。そんな声出すなよ、大丈夫だから。


 とはいえ事実として身体強化の精度はマイゼスの方が上手だ。このまま《光背》なしで肉を切らせていれば、骨を断つ前にこっちがくたばってしまう。


 だが、

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