180話 供儀婚儀その3

 ───そして、その日はやってきて。


 式は幕を上げる。


 髑髏城グンスタリオ、の屋外。幸いにして天気は雲一つない快晴だが、偶然だろうか。《魔界》を統べる大魔王であれば天候すら支配してこの日のために晴れさせるくらい造作もない、そんな気にさせる。事実、花嫁一行が入城して数日間、それなりの頻度で雨が降っていたことを考えれば狙いすましたかのようだから。


 ハレの日、空には変わらず《澱の天道》が御座す。髑髏城の直上に位置するそれは、今この時もゆっくりと胎動するかのごとくその表面模様を蠢かせている。ヘドロの濃縮されたような悍ましさに、誰もそれを直視しないから気づかない。


 庭園は贅の限りを尽くして飾り付けられている。血のように赤い絨毯の道、季節外れにも咲き誇る生垣の花。参列者たちは花道の両脇に席を設けられ、正面に据えられた壇に両人が揃うのを待つほかない。


 しん、と静謐が辺りを包んでいる。


 と、吹奏楽のメロディがその静寂を破った。式場の陰になっている場所、参列者からは見えにくい位置に並んでいた楽団の送る背景音楽だ。決して主役の座を奪うことはなく、しかし雰囲気を届けるもの。計算し尽くされた演出。


 それは先ぶれ。この場を取り仕切る者、《魔界》を統べる唯一絶対の君臨者の到来を告げる音。


 毛足の長い絨毯を踏みしめて、大魔王マイゼス=インスラが入場する。この日のために特別に仕立てられた衣装は、大魔王軍最高指揮官を示すもの。礼服としては最上級であり、かつ己が圧倒的な力を持つことを誇示する意味もあるのだろう。


 彼の三本腕を見ても、参列者たちは眉一つ動かしはしない。彼らはマイゼスが大魔王となったことを心の底から認め臣従した者たちだ。その関係性は《人界》における小神と信者たちのそれに近しく、絶対服従することに何の疑いも持たない。


 その後ろから、純白の衣に身を包んだヒウィラがしずしずと付き従う。


 明確に強弱・優劣を示す立ち位置である。それでも嫁は嫁である、参列者たちは彼女を迎え入れ歓迎することを拍手で表明する。ロジェスは面倒くさそうな表情を隠すこともなく雑に二、三手を打った。彼の内心では『いつ始めるか』を虎視眈々と伺っているのだがそれを表には出さないからこうなる。


 マイゼスと、後に続いてヒウィラが壇に上がる。二人向き合う。壇の少し離れた横に立つ司式者が口上を述べる。魔神インスラの名の元に、両名の婚儀を祝福します、うんたらかんたら。


 それを聞き流しながら、ヒウィラは自らの掌に汗をかいているのに気づく。心臓が早鐘のようだ。はもうすぐそこで、そのために彼女は育てられてきたのだから当然だが、……こわい。


 そっと瞳を閉じて自己の深層に埋没する。大丈夫、きっと感極まったか覚悟を決めているようにしか見えない。そうして彼女は、




 大魔王を暗殺すべく、


 半ばまで欠けていた神のを、


 そっと撫ぜるように消し始める。

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