115話 真奇攻落その9
「はあっ、はっ、は……! 嘘でしょ、あれ、ガンゴランゼ……! あと一秒で死ぬところだったッ」
間一髪で逃げたウィーエが、エリオン真奇坑の入り口付近で這いつくばっていた。荒い息、大粒の汗が流れ落ちるのも気にしている余裕がない。
前を行っているのがバスティでなくウィーエだったら、今頃迷宮の床に臓物を巻き散らしてくたばっていたことだろう。彼女の魔術がどれほどのものであろうと、いきなり鉢合わせた《絶滅》のガンゴランゼの《信業》を受けて耐えられるとは思えない。準備万端なら目はあるかもしれないが、挑戦する理由もない。
草地にへたり込む。脇に抱えていたそれが転がり落ちて鈍い音を立てたので、ウィーエはそれを持っていたことを───それに助けられたことを思い出した。
それは《冥窟》転移鍵。エリオン真奇坑のあちこちに点在するオブジェは《冥窟》内外を繋ぐ
ただもぎ取ったのではない。触れれば《冥窟》外に転移してしまう物体なのだ。魔術的に
あの瞬間、ガンゴランゼを目撃したウィーエは持ち運んでいたオブジェの機能を再開させた。触れ続けていたウィーエはその瞬間オブジェ───《冥窟》転移鍵の影響で排出され、振り出しに戻ることで難を逃れたというワケだ。魔術を新規に行使するような隙間はなくとも、ずっと行使している魔術を取りやめるならひと息ぶんだけあればよい。
しかし代償は大きい。
胴を裂かれたバスティは置き去りにしてしまった。あの状況を打開するすべはなかったとはいえ、見殺しにしてしまった以上気分はよくない。
そしてオブジェは最後の手段だった。エリオン真奇坑から脱出すれば、また潜らなければならない。だが果たして、ガンゴランゼに追いつき、そしてうまく追い越せるだろうか? 再び遭遇すれば今度は逃げられないかもしれない。
「くそ、ウィリエイオの愚かもの───」
状況打開の策は、思い浮かばない。
これが父祖カストラスならどうだ。きっと思いもよらぬ魔術で以て、この状況をどうにかできるだろう。
次期当主と煽てられても、外に出ればこのザマ。こんな有様でやっていけるのか───
「「くそっ」」
声は、二人分あった。
弾かれたように顔を上げる。ほんの隣に一人の青年が立っている、一瞬前まで存在しなかった、つまり私と同じようにエリオン真奇坑から《冥窟》転移鍵で脱出してきた探窟家、しかし待てよどこかで見たような顔、色白で耳が長くつまり妖属のそうだクァリミンとそっくりなってことは彼が『バズ=ミディクス補記稿』を盗んだ《幻魔怪盗》もとい《幻妖怪盗》クィエイク───
非論理式《奇蹟》で加速した拳が唸りを上げて、彼の意識を一撃で刈り取った。
クィエイクにとって不幸なことに。
彼ら《幻妖》の種族特性は、彼らが精神的に平静を保てば保つほど、周囲に対する存在感を薄めることができるというものだ。瞑想状態にある彼らを発見することは難しいが、激昂していれば普通に気づかれてしまう。成人の《幻妖》は一瞬で精神を平静に調律するテクニックを身に着けている。だがそのためには一瞬が必要で、頭の回転で魔術師に対抗するのは無謀だったと言えよう。
ひっくり返った彼の手から、緻密な細工が施された物品が転がり落ちる。
「おや? これは……」
◇◇◇
『問いに答えよ。さもなくば通ること能わず』
「……分かったよ! だからよ! もう一回言ってくれって言ってんだよ!」
ここはたぶん、第三層なのだろう。
行き止まり、奇怪な像に出くわした。羊だか山羊だか鹿だか分からない獣を象った像は、俺が近づくと石でできているにも関わらず動き出し、流暢に何やら謎かけを出してきた。
俺はとりあえず鞘に入れたままのアルルイヤで像を木っ端みじんにするところから始めてみた。
原型が判別できないくらい粉々に打ち砕いてひと息ついていると、像は見る見る復元し、さっきから同じ言葉しか吐かない。
「もう一回! もう一回問題からちゃんと言ってくれたら、ちゃんと答えるから! な!」
『問いに答えよ。さもなくば通ること能わず』
「がああああああ!!」
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