098話 禁書捜索その2
「何年ぶりだろうな」
「さあな。一劫ぶりと言うには収まりが悪いし」
積み込まれていた馬車から降りるシナンシスは、数日ぶりに義体を動かしたせいか肩が凝ったというような動きを見せる。それだけの動作で、関節がギシギシと軋む音はカストラスにも聞こえた。
「ひどい出来だな。ちゃんと神珍で骨格形成してるのか、それ?」
「当然している。だがまた使う機会があると思っていなかったから、手入れもさせずこの有様だ」
「《大いなる輪》で《人界》の礎をする分には不要だ、と? それがまたどうして心変わりをしたのかね。堅物シナーが」
「さてな。あるいは、占ってみたくなったのかも知れん」
「そのために、私に義体を作らせよう、と?」
「ああ。一世一代の晴れ舞台、踊るならば相応しい
「時間はいいのか?」
「ああ」
「ならいい」
カストラスは灯したランタンで本を読んでいるようだが、さっきからページが進んでいない。
シナンシスは焚火をじっと見つめている。彼が見ているのは火ではなく、火を齎す彼女だった。彼はあの日、彼女に出逢ってからというものの、彼女に救われるその時を夢見て生きている。
ぱち、ぱち、と爆ぜる音。風の音。
少しの間、そういうものだけが聞こえてきて。
「……恨んでるか。《大いなる輪》を逃げた、この私を」
「……いいや。どうせ、この世界も終わるんだ、遅かれ早かれ。そう考えれば、千年がどうという話だろう」
二人とも、涙など流してはいない。
だが、声色は泣いているようだった。
寝たふりをして耳をそばだてていたバスティは、そう感じた。それきり会話は途切れてしまったようなので、彼女はもう一度寝直すことと決めた。
◇◇◇
「しッ───!」
短く息を吐いて、上段薙ぎ。勢いを殺さずに一回転して、今度は下段斬り、からの切り替えし。切り払い。回転して三連。突き。手首の回転で剣をぐるぐると回して、刃の領域を構築する。手首、肘、肩から上体を通じて、渦は加速する。ダイナミックに体全体で回転しての斬りつけ。そして、その勢いを完全に制止して、締めの構え。
本来はロングソードの
「……よし」
十分に馴染んだ、と確信できる。
聖都で通っていた学院では剣術も教わったものだが、教室ではまず生身───非論理式《奇蹟》による身体能力の強化を排した状態───で自分の剣を意のままに操れるようになって初めて、非論理式《奇蹟》を加えての剣術の段に進めるようになっていた。
非論理式《奇蹟》によって強化された肉体ならば、剣の重量を物ともせずに振り回すことは可能だ。だが、制御できない剣を振るえば危険なのは自分自身。非論理式《奇蹟》は、その危険性すら増幅してしまう───
大事なのは制御すること。鋒まで手指の爪先であるかのように意識を行き渡らせ、一つにするための儀式が先ほどの套路だ。
起きて一番、朝飯前の日課を終えて汗を拭く。
「お見事でした。私は剣はさっぱりですが、一種美しいものなのですね」
ウィーエが声をかけてきて、俺は少しだけ驚いた。最後の見張り番の彼女が起きていること、離れた場所で剣を振るっている俺の方に近づいていることは分かっていたが、
「見物に来たら見張りの意味がないだろう」
「ご心配なく。一帯に感知線を張っていますので、敵意あるものが接近すれば分かります。カストラス家次期当主として、これくらいは楽勝ですよ」
さいですか。
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