055話 盟神探剣その8

 昔、俺もニーオもまだ《信業遣い》でなかったころ。


 俺たちはよく取っ組み合いの喧嘩をした。


 ニーオはときどきトチ狂ったことを言い出すし、俺としても譲れないことはあるから、まあ仕方ないことだと思う。


 一度は鼻にグーパン入れて泣かせてやったし、納屋の屋根から突き落として勝ったこともある。


 その代わり、初めて骨折したのはニーオの手によってだ。初めて縫う傷ができたのもニーオと喧嘩したときで、顔の傷はものすごい血が出るとあのとき知った。


 要するに、手加減無用。


 彼女の《信業》は火焔らしい。一瞬で、深夜が正午になった。そう錯覚するほどの光量、熱源は複数。アレほどの火球をぶつけられれば炎上どころか融解しかねない。


 だから、《光背》で触れずに受け止める。


 火球がひしゃげる。《光背》が減ずる。


 第一波は防いだ。攻撃に転ずるつもりで腰に手を───




 剣がない。


 しまった折ってる!


「待った!」


「待ったなし!」


 ニーオの火球がここぞとばかりに増える。増える。増え───多すぎる! 夜空の星じゃねえんだぞ!


 《信業》でさえなければ、《炸裂の魔導書》をそうしたように《光背》で吹き飛ばすことはできる。だが《信業》と《信業》の激突は、ロジェスの剣戟とぶつかって思い知った、一方的な優位優勢を取ることはできない。ぶつかり合えば、出力が物を言う。


 今から全開にして、間に合うだろうか───そうじゃない、間に合わせる。


 足を踏ん張って、正面を睨んで、肚の底に力を込める。


 ありったけを振り絞れ。


「うおおおおッ」


「らァァァッ」


 火柱が吹き上がったのを、俺は目撃しなかった。


 轟音と閃光が飽和した結果、五感は白に埋め尽くされる。爆心地に突っ込んでニーオの制圧も考えたが、同じことをあちらも考えていそうだし鎮静を待つ。


 瞬間、白が一閃された。


 直線が奔り、地面に溝が刻まれる。俺の《光背》とニーオの火焔はまとめて両断され、現象としての命を断たれてあっけなく終了する。


 そしてそこに、一人の男が降りたった。


「ロジェス・ナルミエ……!」


 俺のようなでもない、ニーオのような不良騎士でもない、純正の神聖騎士のお出ましだ。まあ、あれだけ思いっきり暴れれば飛んでくるのも無理はない。


「貴様らは馬鹿か」


 正直、そう言われても全く反論の言葉がない。水入りになってくれたこと自体は感謝していて、あのままなら際限なくヒートアップして“忘れじの丘”がなくなるくらいまでは行っていたように思う。


 それで駆けつけたのが彼でさえなければ。


 抜き身の刀身が頸動脈に触れているような緊迫感。彼がその気になれば一瞬で胴が輪切りにされるだろう。ニーオも完全にクールダウンして、というかむしろ冷や汗をかいている。彼女は彼女で、どういうつもりか知らないが部外者おれ神聖騎士どうりょうを打破させようとしていたのだ。知られれば気まずいでは済まない、権威を重視する信庁への敵対行為にすら思える。


 俺としては幼馴染の肩を持つつもりだし、そもそも信庁は信用していないから与することはないと断言できるが、ニーオからすれば冷や冷やものだろう。


「剣を折ってやったばかりだというのに、はしゃげるものだな」


「ふんぞり返ってやがれ。俺は忘れてねえぞ───あの日のこと」


 あの時決着を付けなかったことを後悔させる。そのために俺は、


「魔剣、だったか」


 ロジェスの無表情が崩れる。嘲笑とも苦笑ともとれる笑み。やはり、俺が魔剣を求めている噂はロジェスまで届いていた。


 それを知りながら笑っているのは、俺のことなど歯牙にもかけていないらしい。魔剣結構、好きにしろ。何が来ようとどうせ無理だろうがな、そう言いたいのか。


 吠え面かかせてやる。


「じゃあな、ニーオ。この街にしばらく留まるなら、また会おう」


「いいぜ」


「妄りに《信業》を振り回すなよ。ニーオリジェラ、お前もだ」


「お堅いなぁ、ロジェスちゃんよ。たまにはいいじゃねえか」


 ロジェスの言葉に返事をせず、ニーオの喋るのに任せて、俺は二人に背を向ける。


 魔剣を手に入れるために。




◇◇◇




「にしてもユヴォーシュに言ってた魔剣ってのは?」


「お前に関係があるのか?」


「いいじゃねえか。アタシとあいつは幼馴染だぜ」


 幼馴染が《信業》全開で殺し合うのか、と疑問を抱きつつ、それくらいなら構うまいとロジェスは考える。


 ロジェスがユヴォーシュの剣を折ったので、より有用な武器を求めているのだろう、と話し終えるころには、ニーオは腹を抱えて笑っていた。涙さえ滲ませている。


「そいつはいい、最高だ! それでお前もそれを見逃したってワケか、相変わらず度し難い奴だぜ」


「放っておけ。責務は果たしている、お前に謗られる道理はない」


「はっは、それもそうだ。じゃあ謗られるかもしれないお誘いをしよう」


 空気がのをロジェスは感じた。比喩や印象論ではない、彼女の《信業》が一帯を支配したのだ。これは盗聴や記録参照を弾くための環境調整で、本来ならば知覚できないにも関わらず肌でそれと知る。


 そこまでするほどの、絶対に誰にも聞かれてはならない言葉ということ。ロジェスは心の準備をした。


「なあロジェス・ナルミエ───■■殺しに興味はないか?」


 果たして告げられたのは恐るべき転覆のいざないであり。


 ロジェスは、僅かに目を瞠った後、獣のように嗤った。

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