038話 都市擾乱その2
「なに、また魔獣について? もう何度も話したけど、私は見てないって」
「そう……か。済まない、時間を取らせて」
通行人にすげなく振り払われて、俺はそこに棒立ちになる。……何やってんだ、俺。
俺が聞き込み調査なんかしている間にも、もっと先を行っている冒険者たちが魔獣を追い詰めているかもしれないのに。そもそも聞き込みのやり方からしててんで的外れだ。魔獣の目撃情報を聞きたいのか、それとも魔獣の発生源について尋ねているのか、あるいは、
「なあ、ちょっといいか。聞きたいことがある───フードの不審者を探しているんだが」
「ええ? 何だそれ、変質者か? 嫌だなあ、他に何か特徴ないの?」
「えっ? ああ───」
そいつは異端者なんだ。そんなこと言えるはずがない。たぶん、通りすがりの一般人が異端という単語を知っているとも考えにくい。結果として、俺はそれ以上の特徴を挙げることは叶わない。聞き込み相手は「ああ嫌だ嫌だ、魔獣に加えて変質者まで出るのかよ」なんて呟きながら立ち去ってしまう。
───異端。
俺が《枯界》に追放された罪。神を信じないという罪。神が実在し、信庁を介して《人界》を統治するこの《九界》で、その庇護下にあることを信じないのは難しい───のだろう。万象すべて、神の恩寵のもとに存在を許される神の配剤なのだから。
にも関わらず、俺は、神を信じられない。
他にそんな世界不適合者が存在するとはにわかに信じ難かった。昨夜、異端聖堂と名乗ったムールギャゼットの言葉を聞いて、俺はまず詐欺だと思った。だが、一晩考えて、異端という言葉が存在する以上、俺よりも前に俺のような神を信じられない者が存在したのだと思い至って、俺はあいつの名乗りを受け入れるしかなくなった。
俺は、どうするべきなのだろう。
同じ異端の同類が見つかった。彼らは俺を仲間に引き入れようとしていて、また迎えに来るという。ならこの忙しない街を地道に聞き込みなんてしないで、待っていればいいじゃないか。それを何だ、どうすればいいか分からないからって出鱈目に歩き回って。
───ああ。
喉、渇いたな。
◇◇◇
カリエの孤児院には、都市政庁が送り込んだ警備の人間が張り込んでいる。これは魔獣の性質として、一度目を付けた獲物を諦めることがないというものがあるから。レッサも警備上の都合でカリエの孤児院に集められ、昨晩ターゲットとされた二人をまとめて護衛対象となっている。
「だから大丈夫だからな、カリエ、レッサも」
「ジグレードは、行くの?」
「ああ。行かねばならないし、行く理由もある」
「……ジグ姉、無茶しないようにね。一人で挑んだりしないで、無理言って仲間と一緒に……」
あんまりそこに踏み込まれるのは困る。ので、レッサの減らず口を止める意図もあって、彼女の巻き毛をわしゃわしゃと心なし乱雑に可愛がる。
不安げに見上げるカリエと、不安を押し殺そうとして殺しきれないレッサ。二人にシニカルに笑ってみせた。
正直、心の奥底ではこれを好機だと思っていた。
本当に苦境に陥っているカリエを、それをどうにか助けようと奔走していたレッサを、彼女は助けられなかった後悔が、心の奥底にはある。いま再び彼女らに訪れた危難を、自分がどうにかすることで助けられるのだとしたら何という僥倖。
金銭ではない。名誉でもない。
贖罪だ。
───だから、彼女の眼は曇っていたと言えよう。
昨晩、魔獣テルレイレンが目を付けた獲物は、四体。
レッサとカリエは厳重に守られていて手出しはできず、バスティは食いでがないので諦めたが、
ジグレード当人については、決して諦めたから逃げたのではなく。
彼女の参戦で大事になって、その場は退いただけに過ぎなかったのだ。
チャリチャリ、と爪が路地をひっかく音は立てない。
鳴き声などは上げはしない。
闇の衣なき路地を信じられない巨体が駆け抜けていく。
気配に気づかないジグレードの背後を取り、テルレイレンは深く跳躍の姿勢をとる。しなやかな筋肉のバネが、魔獣の体内を循環する非論理式《魔術》が、その身を牙を致死の凶器へと研ぎ澄ます。
その凶器が、ジグレードに突き立てられる───獲った。
テルレイレンは本能で確信し、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます