016話 神誓破談その2
第一印象は、「一人か?」だった。
後ろ暗いこと、大勢でぞろぞろと集まっていれば人目を惹くのは確かだ。とはいえ人質交換の場で犯人が一人というのは奇妙だ。俺が不審な動きを見せないか見張る役と、バスティが逃げ出さないよう見張る役と、周囲を警戒する役で三人は欲しい。俺が誘拐犯ならそうする。
次に思ったのは、「小さいな?」だった。
バスティは一見して分かる小柄な少女だ。が、その隣に立つ誘拐犯は、バスティと比較してもさほど大きくは見えない。俺が半成人した頃、学院に入った頃の背たけとどっこいではないか?
外見はすっぽりとローブに覆われていて年齢や性別は窺えない。
バスティに何かしたり、現在進行形で何かしている様子はない。だが無策で突っ込んで誘拐犯が手練れだったらと考えると、この場でロングソードを抜くのも考え物だ。……とりあえず様子見だな。
「やあやあ、ユーヴィー」
「何してんだバスティ」
誘拐事件の身代金引き渡し現場とは思えない会話が繰り広げられる。余計なことを言うなというように、誘拐犯がローブの袖からダガーをこれ見よがしに振って見せる。何かあればこれでザックリいくぞ、という脅迫だろうが───実のところ、アレを柄まで刺されたところでバスティが死ぬことはない。神体を傷つけるには《信業》か高位《遺物》が必要だ。
それを分かっているからか、それともそんなことは些末だから気にしていないのか、バスティは誘拐犯を顎でしゃくって、
「この子が言うところによると、有り金を全部置いていけばボクを返すらしいよ。……随分と安く見られたものだよねぇ、このボクが」
「まぁな」
学術都市レグマの大図書館、その禁書庫を破ってまで作らせた特注の義体、だけでも到底俺の懐から出せる金では買えまい。ましてやその中身は中身入りの神体と来ている。改めて列挙するととんでもない。
値の付けられない重要人物(というか、貴重品か? こんな事態で神質をどう表現するのが適切か分からない)に俺の有り金なら
俺は懐から革袋を取り出す。ジャラリ、と重い音がするそれを放り投げる───フードの人物の視線がそちらに流れる───俺は間合いを詰めると鞘に収めたままのロングソードを振り回す。
ガツン、といい音がして。
後頭部を鞘入りロングソードで強か打たれた誘拐犯が、声も上げずに気絶した。
「あーあー、非道いねこりゃ。ヒントは出してあげたのになー」
「何の話だ?」
神質の身から解放されたバスティは感謝を述べるでもなしにうろちょろしている。俺は誘拐犯のツラでも拝んでやろうとフードを剥いだ。
出てきたのは、若さの片隅にまだ幼さの色が残るような、栗毛色の巻き髪の少女。道理で小柄なはずだ。
全身から汗が染みだした。
「…………」
「容赦なくやったものだね、ユーヴィー?」
「し、知らなかったんだ」
誘拐が組織的犯行だとして、一番危険な人質交換を少女に任せるとは考えにくい。バスティに確認を取ってみれば、やはり誘拐はこの少女の単独実行。
いくら誘拐犯とはいえ、朝露に濡れる共同墓地に少女を転がしておくわけにもいかない。俺は少女を担ぎ上げると、とりあえず宿に帰ることにした。……どうしよう。俺の方が誘拐っぽい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます