第8話
教師が出て行ってしまったため、生徒たちは教室に残されることとなる。
「あ、あはは……」
アレクシスが乾いた笑いを浮かべながら振り返ると、他の生徒たちが信じられないものをみたかのような視線をアレクシスに向けていた。そしてひそひそとアレクシスを遠巻きにしながらささやきあっている。
アレクシスはいたたまれなくなって身体を小さくして自分の席に戻っていく。
それとほぼ同時に次の教師が扉を開けて教室に入ってきた。
静まり返っていた教室に勢いよく開かれた扉が大きな音をたてたため、生徒たちはビクリと身体を震わせた。
「おおう、少し強かったか。すまんすまん。俺の名前はワズワースだ。次の武力試験の担当をする。さすがにここでやるわけにはいかないので屋内訓練場に向かうからついてきてくれ」
人族の男性だが身長はニコラスよりも高く、二メートル近い巨漢。
ガッシリとした肉体に、胸当てを装備しており、腰には大きなサイズの剣を身に着けていた。
生徒たちの反応を待たずにワズワースは教室を出ていく。
このままでは取り残されてしまうため、生徒たちは慌てて筆記用具をしまうと大股で歩くワズワースのあとをついていく。
廊下を移動しているといくつも教室が並んでおり、在籍している生徒の姿もチラホラ見かけられた。
学院は長期休暇中であるため、寮に残った生徒が教室で勉強したり、友達同士でだべったりしている。
それらが自分たちの未来の姿だと思うと、アレクシスはワクワクしていた。
しばらく進んだところで、屋内演習場という札がかけられた建物の前に到着する。
「おう、ここだ」
ワズワースは鍵を取り出して、屋内訓練場の扉を開いていく。
重々しい扉だったが、ワズワースは軽々とそれを開いていった。
このことからも彼の筋肉が見せかけではなく実用的なものであることがわかる。
「わあっ……」
アレクシスは学校の体育館のような場所をイメージしていた。
が、イメージと全く違う光景に思わず感嘆のため息を漏らす。
中に入って見ると外観よりもはるかに広い空間で、天井はなく空が広がっており、床は板張りではなく土でできた地面になっている。
まるで外に出たかのような光景にアレクシスだけでなく、他の生徒たちも同様に驚いている。
しかし、その中でも数人の生徒、いわゆる貴族の中でも高い爵位の子弟になると似たような場所を見たことがあるため驚かない者もいた。
「さあ、みんな入るんだ。あっちにある舞台の上で試験を行うぞ」
そこには十メートル四方の石でできた舞台があり、摸擬戦闘用のエリアになっている。
生徒は舞台の前まで移動し、そこに整列してワズワースの説明を待つ。
「さて、ここで何をするのか? そう思っているだろう。答えはシンプルだ。戦ってもらう」
その言葉に生徒たちはざわつく。
隣に立っている生徒がこれから敵になるのか? そう考えてキョロキョロとあたりを見回していた。
それを見たワズワースはニヤリと笑う。
その表情からアレクシスは一つの可能性に行き当たってため息をついた。
「お前たちが戦う相手は隣にいる生徒たち……ではなく、俺だ!」
ワズワースは両手を広げなら満面の笑みで、どうだ驚いただろうと生徒たちにアピールしている。
生徒たちはまさか教師と戦うとは思っておらず、ざわつき、驚き、動揺している。
それに反して、アレクシスは真剣な表情でワズワースを見ていた。
得意な武器は何か、どんな戦い方をするのか、どう動いてくるのか。それらを分析している。
「ただ普通に戦っただけじゃ俺が勝つのはわかりきっている。だから俺は魔眼の使用を禁止。反対にお前たちは好きに魔眼を使え。俺は武器としてそこの木剣を使う。お前たちはそこから好きに選んでくれ」
武器が置かれたコーナーには片手剣、ナイフ、槍、弓矢、棒などいくつもの種類の木製の武器が並べられている。
「質問、どんな順番ですか?」
他の生徒たちが武器に視線を向けて、どの武器を使うか考えている中、アレクシスは挙手しながら気になっていた質問を投げかける。
「順番はそうだな……魔力量の確認をした順番で並んでくれ」
「わかりました(僕は最後か……ちょうどいい)」
順番があとになればなるほどワズワースの戦いを見ることができる。
そのことによって対策を練ることもできるため、アレクシスにとって好都合だった。
ここまでの説明を受けて、生徒たちは魔眼を使えば教師相手でもなんとかなるんじゃないかと考えている。
しかし、アレクシスだけは正確な力量を把握しないことには判断できないと今から鋭い視線をワズワースに送っていた。
生徒たちはそれぞれに好きな武器を手に取って、素振りをして試験の準備をしている。
その中にあってアレクシスだけはいまだ武器を選ばずに、試験が行われる舞台を見ていた。
「さあ、準備はいいな。さっき言った順番でかかってこい! 終わったものは入り口近くに用意されたエリアで魔眼の確認を行ってもらうんだ」
そちらを見ると、いつのまにかテントが設置されて中が見えないように覆われ、そこには椅子がいくつか置かれている。
その入り口では白衣を着てボサボサの髪の教師が生徒たちのやってくるのを待っており、ひらひらと手を振りながら軽薄な笑みを浮かべていた。
「まあ、あんな感じのやつだが仕事はしっかりする、はずだ。俺との試験が終わったらあいつのところにいってなんの魔眼を持っているのかを確認してもらって試験終了となる」
ワズワースはそう説明をすると生徒たちを見渡した。
生徒たちの表情が真剣なものになっているのを確認してから頷くと彼は舞台に上がった。
「よし、さっさと終わらせるぞ。順番に舞台にあがれ!」
ワズワースはニヤリと笑って、木剣の先端を生徒たちに向けた。
いかつい顔で、巨漢、しかもそれが自分たちの実力を計ろうとする教師であることが生徒たちの緊張感を高めていた。
しかし、しばらく待つが誰も舞台にあがろうとしない。
そのため生徒たちの視線は一人に集まっていた。その生徒こそが最初に魔力試験を受けた者だった。
彼は魔力試験の時、自らの父の立場を高らかに宣言していた。
公爵の息子ということで高い地位にある貴族であると胸を張って自慢をしていた。
そう名乗るだけあって、彼の魔力量はA判定だった。
「は、はひ……っ」
そんな彼だったがワズワースの屈強な肉体を前に、今は自信満々でいた頃の見る影もなく、膝がガクガクと震え、ヨロヨロと舞台の上に上がっていく。
「ふむ、お前が最初だな。しっかし……シャンッとしろ! お前も男だったら覚悟を決めろ! 地面を踏みしめて、腹のあたりに気合を入れて、しっかりと剣を構えんか!」
「ひっ……! は、はい!」
ワズワースが震えているその生徒を叱りつけると、彼はビクリと震えて先ほどよりもマシな構えを取ることとなる。
「悪くない、ではいつでもいい。かかってこい!」
こうして武力試験が始まった。
最初の生徒は構えこそマシになってはいたものの、完全にワズワースの雰囲気に飲まれてしまい、何もできずにあっさりと負けてしまった。
次の生徒も、その次の生徒も同様で、何人かが敗北したところで、やっと何発かワズワースに攻撃を防がせることに成功する生徒がチラホラと現れてくる。
しかし、ワズワースに一撃を当てる生徒が出てこないまま、残り二人になる。
アレクシスの一つ前の生徒は女子生徒であり、美しい長い金髪を後ろで一つに縛っている。
その髪は光を反射しており、美しくキラキラと輝いていた。
凛とした表情の彼女は木剣を右手に持って、前に突き出して構える。
目を閉じて数回深呼吸をして、呼吸を整えた彼女は足を踏み込み、息を大きく吸うとカッと目を開けて走り出した。
それと同時に水の玉をワズワースに向かって放つ。
彼女の魔眼は青く輝く水系統の魔眼の持ち主だった。
威力は低く、ワズワースは左手で弾き飛ばすと剣を振り下ろした。
視界を遮った隙に距離を詰めると想定したためである。
しかし、ワズワースがそう動くことを彼女は予想しており、それを避けるために一瞬足を止めていた。
彼女はワズワースの攻撃が空振りになったのを確認してから距離を詰めて連続の突きを放った。
彼女の突きは全てワズワースの腹部に命中する。
「いい攻めだ」
口元だけで笑ったワズワースは彼女の攻撃を認める。
「だが、軽い!」
彼女の攻撃はワズワースにダメージを与えることはできず、剣は弾き飛ばされ、ワズワースの剣が反対に彼女の首元に向けられた。
「っ……参りました」
自らの置かれた状況を理解した彼女は悔しそうに唇をかみしめつつも、両手をあげて負けを認める。
「ふむ、今までで試験を受けた生徒の中で一番の成績だ。ダメージはなかったが、あれほどうまく俺に攻撃をあてたのはリーゼリア、お前が初めてだ」
彼女の名前はリーゼリア。
ワズワースは知らないふりをしてはいたものの、生徒全員の名前を把握していた。
「……それはどうも」
ワズワースに褒められたリーゼリアだったが、ぐっと拳を握って何とかそれだけ言う。
やはり負けたことが悔しく、素直に喜べないでいた。
「ふむ、ではお前は既に試験を終えた生徒たちと同様に魔眼の鑑定を受けにいってくれ。俺は最後の試験をするとしよう」
ワズワースはアレクシスを見て舞台にあがるように顎で指示を出す。
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