第6話
翌早朝、アレクシスが学院へと向かう当日。
この季節、朝は肌寒く吐く息は白い。
まだ完全には明るくなっていないこの時間、アレクシスと見送る家族の姿は家の前にあった。
「ふにゃ、おにいさまぁ。いってらっしゃいませ……」
フィリアは寝ぼけたままだったが、兄であるアレクシスが旅立つ大事な日であるとわかっているため、ふらふらしながらも見送りに来ていた。
「アレクシス、困ったことがあればすぐに連絡するんだぞ。お金でも、人間関係でも、その他のどんなことでも構わない。父さんたちを頼ってくれ」
王都にはニコラスのツテも多く存在するため、それらを駆使し、それでもだめなら自らが乗り込んででもなんとかするそんな覚悟を持っていた。
そして、いつでも逃げる場所があるんだと教える。
「私はそういったことで困るアレクの姿は思い浮かばないので、心配していません。それに本気になったあなたに勝てる人はそうそういませんからね。ただ、実力を過信せずに常に研鑽を」
ルイザはアレクシスへの信頼と油断してはいけないことを伝える。
「うん。父様、母様、色々ありがとうね。フィリア、行ってくるよ」
既に荷物の積み込みは終わっているため、最後の挨拶をかわしている。
「ううん、おにいさまぁ。お土産おねがいしますぅ……すー」
目をこすりながら寝ぼけ眼で言ったフィリアは限界であるらしく、寝息を立て始めていた。
近くにいた使用人の一人が彼女を後ろから支える。
「みんなしばらく会えなくなるけど……うん、頑張ってくるよ!」
笑顔で宣言すると、まずはルイザと、続けてニコラスと軽くハグをして、最後に使用人の腕の中で寝ているフィリアの頭を軽く撫でてアレクシスは馬車に乗り込む。
「それじゃあ坊ちゃま。眼帯はしましたね? 出発しますよ」
御者は家の使用人で主に庭師を担当している熊の獣人であるドムが買って出てくれた。
ニコラスよりも大きな身長で、内に秘めた力は強力だが。いつも笑顔で他の使用人たちからも頼られる存在である。
「うん! ドム、王都まで長いけどよろしくね!」
そう言うと、ドムは馬車を出発させる。
アレクシスは荷台の後ろからニコラスたちの姿が見えなくなるまで手を振り続ける。
先ほどドムが確認したように、その左目には意匠がこらされた特注の眼帯が装着されていた。
家の者はアレクシスが白紙の魔眼であることを知っている。
しかし、白紙の魔眼の持ち主であるということは変な先入観を持たれてしまう。
そこでアレクシスが自ら眼帯をしようかなと漏らした時に、専用眼帯作成プロジェクトが始まった。
一番乗り気だったのはフィリアでいくつものデザイン案を提供してくれた。
そのデザイン案の中から、家の者全員の投票によってどれがいいか決定する。
装着感に関しては、ルイザとアレクと職人が何度も相談して、細かい調整によりフィット感の良さと邪魔に感じないように合わせてくれる。
更にニコラスは機能面に関して手を加える。
魔眼を発動したことが外からばれないように、そして眼帯を通して外を見ることができるように魔導具としての機能を特注でつけてくれた。
アレクシスは制作費がいくらかかったのか聞くのが怖かったが、多くの人間の手が加わっており、魔道具の技術が搭載されていることを考えるとそれなり以上の値段であることが容易に予想できる。
「坊ちゃまは朝が早くてお辛いでしょう。しばらくの間寝ていて下さい。昼食を食べる頃になったらまた起こしますので」
早朝も早朝、やっと空が白んできたくらいには朝早いため気を張っていたアレクシスの顔にもさすがに眠気が見られる。
そんな彼のことを気遣ってドムが声をかけた。
「ありがと、ドムも眠いだろうにごめんね」
アレクシスが礼と謝罪を口にすると、ドムは笑顔になる。
「何を言っているんですか! 庭師の朝は早いんです! これくらいの時間でも眠くなんてありませんから気になさらないで下さい!」
事実ドムは毎日早朝から庭の手入れを行っていた。
更には薪割をして、食材を運んでと何でもやっており、一日中元気に仕事をしていた。
「僕も身体を鍛えてドムみたいにならないと、なあ……」
昨日もなかなか寝つけなかったため、アレクシスはあっという間に眠りについてしまった。
座る部分にはクッションが設置されており、馬車の中でも休めるように毛布も用意されている。
そのため身体への負担を軽減しながら寝ることができていた。
眠りについたのを確認したドムは馬へ静かに進むように声をかける。
こうして王都までの二人旅が始まった。
通常、馬車で二週間ほどの日程で向かうため道中ではいくつかの街や村で宿をとることとなる。
それぞれの休憩場所では宿を問題なくとることができ、また馬も馬車も丈夫なものをニコラスが容易してくれたため、予定の二週間よりも早く十日後には王都に到着することとなった。
予定では到着の二日後には入学試験を受けることになっていたが、到着が早まったことでしばし王都でのんびりと過ごすことができる。
アレクシスは早々に入寮して、ドムと一緒に荷物を部屋に運び込んでいく。
各学年ごとに寮は棟がわかれており、まだ一年生の数は少なくアレクシスが引っ越し作業をしている間も生徒とはほとんどすれ違うことはなかった。
引っ越し作業の終わったアレクシスとドムは寮の入り口のあたりで荷物の降ろし忘れがないか、馬車の中を確認している。
「ふう、これで全部だね」
アレクシスは最後に自分の持ってきたかカバンを馬車から降ろして、ほとんど空になった馬車の中を確認している。
「アレク坊ちゃん、お疲れ様です。私ができるのはここまでとなります」
ドムはアレクシスの労をねぎらい、そして手伝えるのはこれが最後だと口にする。
「うん、ドムのおかげで早く着けたからゆっくり休める。これなら万全な状態で試験が受けられるよ!」
当初の予定通りに到着していた場合、試験まで二日しかなかったことを考えると余裕をもって試験当日を迎えられることはアレクシスにとってアドバンテージとなる。
基本的には入学金を収めることで学院に入ることはできる。
よって試験結果は入学の有無を決めるのではなく、能力を計り、クラス分けをするために使われている。
そこでどれだけの結果を出すことができるかで今後の学院生活に影響が出てくるといっても過言ではない。
だからこそ、万全の体調で試験を受けられることをアレクシスは感謝していた。
「いえいえ、初めての長旅にも関わらず、文句ひとつ言わない坊ちゃまはすごいですよ。正直なところを申しますと、もっと休憩を多くはさまないといけないと思っていたくらいなので」
十二歳というまだ子どもであり、そして二週間という長旅、家族から長期間離れるのもこれが初めて。
それだというのに弱音を一つもはかずにこの旅を乗り越えていた。
「そうかなあ? それもこれもドムの操縦が上手だったからだと思うよ……そうだ、ドム。これをもって言ってくれるかな?」
アレクシスは先ほど手にしたカバンから小さな袋を取り出してドムへと手渡す。
「これは……? い、いやいや坊ちゃんいけません! こんなものいただけませんよ!」
ドムが袋の紐を解いて中身を確認すると中には金貨が数枚入っている。
子どものアレクシスが持つ金額ではなく、それを使用人に渡すなどということは信じられないことだった。
「ううん、それはドムがもっていって。これは実家にいた頃、魔眼の訓練で魔物と戦って魔石を集めてお金にしたものだから父様や母様からもらったものじゃないんだ。僕が稼いだものなんだよ。そして、ここまでの長旅を付き合ってくれたドムに対する感謝の気持ちなんだ」
アレクシスは年齢よりも大人びた真剣な表情でドムの目を見ている。
「……わかりました。ありがたくいただきます」
ドムはまるで宝物をもらったかのように袋を両手で大事に持つとそれを自分のカバンの中にしまった。
「僕は部屋の片づけをするからそろそろ行くね。ドム、また実家に帰った時に会おう!」
「はい、坊ちゃま試験頑張って下さい!」
元気に寮へと戻って行くアレクシスの背中をドムが笑顔で見送る。
ドムは家の代表としてアレクシスについてきた。
ならば、家族全員分の思いを込めてアレクシスを応援しようと背中に向けて念を送っていた。
アレクシスは寮の片づけを終えると街に出て、周辺の散策をする。
そうやって試験の日までをゆっくりと過ごしていた。
試験当日
アレクシスは緊張のかけらも見せずゆったりとした様子で試験会場へと向かっていた。
敷地内に入ると案内板や張り紙が設置されており、それに従って進むことで迷わずに進むことができる。
入り口には乗るだけで靴底が綺麗になる魔道具が設置されており、そのまま校舎内へと入っていく。
「えーっと、ここの教室か」
教室の扉には試験会場という張り紙が貼ってある。扉を開けて中に入ると、既に何人かの生徒が着席していた。週一回試験が行われることになっており、入学式の約一か月前の今日は十人程度が試験を受けることとなる。
黒板には席は自由と書かれており、もちろん知った顔もないため、アレクシスは軽く見渡してから空いた席に着いた。
先に着席している生徒たちは本を読んだり、目を閉じて瞑想したり、他の生徒の様子を探ったり、緊張で青い顔になったりとそれぞれがそれぞれの様子で開始を待っていた。
あとから来た生徒がアレクシスの眼帯を見てギョッとした顔をするが、それよりも試験が優先だと席についていく。
アレクシスはといえば、周囲に流されることのないように目を瞑り、そして気持ちを落ち着かせるために静かに呼吸を整えて、穏やかに試験開始を待つことにする。
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