5.新しい御入居者は
翌朝、石川様と長谷川様が食堂に朝食を摂りに来られた。
「おはようございます」
「おはよ。環ちゃん」
「おはよう、翠川さん」
石川様は予定のない日の午前中は、ゆったりと過ごし、私とおしゃべりをしたり、時間を気にせず新聞や本を読んだりと、このアパルトマンでの暮らしを満喫しているようだ。
長谷川様は会社通勤の為、時間に余裕がある時に限り、食堂に朝食を摂りにやって来る。
2人はすでに気心が知れているのか、時々、談笑しているのを見かけることもある。
「環ちゃん。SNS、進んでる?」
「えっ、はい。何とか……ハハ」
下手をすれば、石川様は私よりもインターネット等に関して情報通な気がする。
気持ちが若く、世の中のトレンドにも敏感なのだ。
以前も私達に有名スイーツ店のケーキを、お土産に買ってきてくれた事があった。
「全然、大丈夫そうじゃないけど」
長谷川様は仕事の鞄を小脇に抱えながら、私を少しからかうような意地悪げな口調で言うと、電車に遅れそうなのか慌てて席を離れた。
「何とかします! 御期待くださいね。行ってらっしゃいませ」
朝一番の精一杯の声を張り上げると、長谷川様は、それに答えるように鞄を頭の上に掲げて食堂を後にした。
ここルミエールは外観やインテリアこそお洒落で雑誌にでも載っていそうな雰囲気だが、私は、そんなイメージに合うタイプの人間ではないので、お二人に、ついつい親しみを込めてフランクに接してしまう。
そんな私の対応を石川様は、『そういうのをギャップ萌えって言うのよ』なんて、誰に教わったのか、若干、間違えたニュアンスで私をフォローしてくれる。
そんな素敵な入居者のお二人に、新しいお客様が加わる事になる。
――期待と少しの不安と。
『一期一会』これが接客の仕事の醍醐味なのかもしれない。
石川様とお話ししながら階段下で別れ、エントランスへ戻ると、叔母さんが何時にも増して上機嫌でこちらに向かってきた。
「
「おはようございます。ありがとうございます。それでは早速」
私が審査書類等が入っている封筒を受け取ろうとすると、叔母さんが勿体付けて私の伸ばした手をひょいとかわす。
私が呆れると、叔母さんがヒラヒラと写真付きの証明書を餌で動物を釣る様に目の前に泳がす。
「もぉー」
たまたま「モォー」と牛みたいになってしまった私は、叔母さんに気づかれないように素早くコピーを受け取る。
身分証明書の写真を見ると……
「YUーMA(ユウマ)!」
「そうそう、YUーMA(ユウマ)君。環ちゃんもやっぱり知ってた?」
「ええ、まぁ。詳しくはないですけど」
「どうやら以前にお買い物に来た時に、この辺りを通ってルミエールの外観がとても気に入ったんですって。流石、お洒落な子は目の付け所が違うわね」
「そうだったんですね。で、何時から御入居ですか?」
「ん? 来月一日入居だから、明後日よ」
「また急ですね」
「まぁ、こちらとしては大歓迎。環ちゃんも上手くいけばSNSのコツを教えて貰えるかもよ」
「……はい」
「という事で、明後日は私もお出迎えするからよろしくね」
叔母さんは、片桐さんに挨拶していくということで食堂へ向かった。
私は、いつもの悪い癖で何となく不安になっていた。
・・・・・・そんな有名人みたいな人と、ちゃんと一緒に暮らしていけるんだろうか。
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