第193話 初めて目が合った夜

 クナイの先端が私の喉に当たっている。

 この冷たい感触はいつかどこかで感じたことがある。

 思い出した。

 ユウタをギルドに戻してくれと、タイチにお願いした時だ。

 分かってくれない兄者を説得するために、私は今みたいに命を差し出そうとした。

 警告音が私の脳内で鳴り響く。

 自殺はこの世界において、最も罪深いことだった。

 まったく、私はユウタに振り回されてばかりだ。

 この優柔不断な男の子に出会わせてくれた神を恨む。

 そして、この優柔不断な男の子に出会わせてくれた神に感謝する。

 だって、私の人生がこんなに楽しくて苦しいのは彼のお陰だから。



「タイチ、あの奴隷が欲しい」


 その夜、10歳で初めて奴隷というものを見た私は興奮していた。

 市場の喧噪の中で、薄汚れ傷だらけの男の子と目が合った時、私は言い知れない興味と、なんだかモヤモヤした気持ちを抱えた。

 子供だった私にはこの気持ちが何なのかまだ分からなくて、だから、人に説明することが出来なかった。


「奴隷なんか買う金ないぞ」


 タイチは無下に断った。


「そうよ。うちのギルドはただでさえ財政難なんだから。それに職業が奴隷の人間を雇ったって役に立たないわよ」


 会計係のセイラがお姉さん風を吹かせる。

 鉄騎同盟は常にお金が無く、新しいメンバーを雇う余裕が無かった。


「ははは。リンネはあの奴隷に興味があるみたいだね」


 武闘家のナオシゲだけは私の気持ちを何となく分かっている感じだった。


「おい、そんなことよりそろそろ行くぞ」


 タイチが身の丈ほどもあるバトルアクスを手にした。

 今日の夜、クエストに行く。

 街のはずれにある廃墟になったギルドホール。

 その近くの畑を荒らすゴブリンの討伐だ。


「まったく、歯ごたえのない奴らだ」


 タイチはゴブリンの死体を蹴り飛ばしながら、呟いた。

 ノーマルタイプのゴブリン50体は狂戦士の彼にとって物足りない物だった。


「ドロップするアイテムも大したことないね」


 ナオシゲが袋にアイテムを詰めながら明るい声で言う。


「磨いたら光りそうな宝石も無さそうね」


 セイラは金のことばかりだ。

 私はクナイに付着したモンスターの血を拭きながら、灯台の形をしたギルドホールを見た。

 かつて最強と謳われたギルド『反抗期』。

 その反抗期の拠点だったギルドホールだ。

 その反抗期も新興のDEATHに潰され、今はギルドホールは廃墟になっていた。


「うぎゃあああ!」


 灯台の方から叫び声が聞こえた。

 少年の声だった。


「なんだぁ!?」


 タイチが声のした方を向く。


「モンスターに襲われた旅人でもいるのか?」


 ナオシゲが走り出した。


「支援して報酬でも貰いましょう」


 セイラが後を追う。

 私は、何だか胸がドキドキしていた。

 それはこれからモンスターと戦うとかそんなことじゃなくて、何か運命みたいなものを感じていたからだ。


「!」


 灯台の下で、弓を持ったアーチャーと、戦士が、少年をボコボコにしていた。

 私はその少年と目が合った。


 それは、私が一目ぼれした奴隷だった。


つづく

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