第59話 彼女が奪われているのに、何も出来ないでいる僕は、ただ、立ち尽くすだけの僕は、まるで……まるで……

 僕は目の前の醜い男たちを見て確信した。

 こいつらが、テルミンとユメルを殺してここに来たんだ。

 

「お前らにはフィナを渡さない!」


 僕はフィナを奴らの汚い視線に晒したくない。

 だから、両手いっぱい広げて彼女を僕の後ろに隠した。


「ナイト気取りか。まぁ、それも良かろう。力づくで奪うまでだ」


 ミチヤスが大斧を手に、僕に近づく。

 彼が一歩進むごとに地面に大きな足跡が出来る。

 近づくごとに振動が伝わり、恐怖が足元を伝って頭の先まで走り抜ける。

 それでも、僕は勇気を振り絞る。


「何で同じ人間同士で争わなければならないんだ! 僕達が倒すべき相手は魔王じゃないのか!」

「はっ、バカかお前は」


 融和を望んだその叫びは、虚しく響いただけだった。


「誰もがお前みたいな正義の味方の振りして、魔王を倒したいわけじゃないんだよ!」

「えっ!?」


 僕は僕が望んでいることが、皆も望んでいることだと思っていた。

 だが、そうでは無かった。

 僕は自分の足元が揺らぐのを感じた。

 救世主である僕の存在意義が分からなくなる。


「ほら。そこのエルフの女を渡せ。その後で魔王でも何でも倒しに行け。ま、もっとも、お前みたいな貧弱には倒せないだろうがね」


 気が付くとミチヤスが僕の目の前まで迫っていた。

 彼の顔面には野卑な笑いが張り付いていた。

 見下ろされた僕とフィナは、彼の黒い影に覆われた。

 フィナの震えが僕の背中を通して、全身に伝わる。


「渡すもんか!」


 こいつら、何でフィナを欲しがるんだ?

 亜人間が嫌いなら、何故、テルミンやユメルみたいにすぐに殺さない?


「あれ?」


 いつの間にか、フィナが僕の目の前にいる。

 しかも、彼女はミチヤスにその細い腕を掴まれ、泣き叫んでいる。


「ウエンディ、お前の放った小睡眠スモール・スリープのお陰で、売り物を傷つけることなく手に入れることが出来たぜ」


 ミチヤスがウエンディに労いの言葉を掛けた。

 彼女は僕にかざした手の平を握り締め、ミチヤスに向かって小さく頷いた。

 つまり、僕は彼女の魔法で1、2秒ほど意識を失い、その間にフィナが奪われたという訳か。

 それにしても……


「売り物だと?」

「ああ。エルフの女は希少価値が高い。しかもこれだけ美少女なら、貴族や大商人に高く売れる」


 それで生け捕りにしたかったのか。

 僕は奴隷だった頃、何も言えず、様々な者に凌辱された。

 フィナも、かつて僕がそうされた様に、汚されるのか。


「さ、行くか」


 一行は踵を返した。

 セレスだけが申し訳なさそうに一瞬振り返った。

 僕はそれを追い掛ける。


「動くな! で、ござる」


 クラスがこちらに向き直り、抜刀する。

 僕は前に進めなくなった。

 そう認識した瞬間、太ももから血が噴き出し痛みが全身を駆け巡った。


「ぐぁあああっ!」


 僕は地面を転げまわった。

 痛みで治癒魔法の詠唱がおぼつかない。

 その間に、彼らは森の中に入って行った。


「ユウター!」


 フィナの泣き叫ぶ声が僕の耳に響いた。


つづく

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