第37話 アイラ姫の秘密

「さっきアイラ様は、俺が死ぬとシオンも…」

「――なななな何事かをわたしが言いましたでしょうか!?」


 切り出したら思い切り不自然かつ食い気味にトボケられた。

 これはちょっと予想外だぞお~。彼女は俺のこの問いを予想していなかったのか? 普通におしゃべりすると思っていたのかい? ……まあ何かそうみたいだな。そんな風にふわっと天然さを発揮するとか、彼女らしい。

 ああ大きなくりくりの緑の目がいつになく盛大に泳いでいる。内心でやっぱ可愛いなチクショーとか思いつつ、俺は手を口元に添えてこほんと空咳を挟んだ。


「ええと、アイラ様は先程俺の死にシオンが…」

「――シオン君まで死んでしまうだなんてわたし一言も言ってませんっ! ――あ。はぅあああ~言うつもりなどありませんでしたのに~っ」


 アイラ姫ってば思い切り墓穴を掘った自覚があるのか両手で顔を覆っちゃったよ。

 でもさあ、どうして大失敗って顔してるんだ?


「ああ俺を奮起させるためのまさかの方便だったとか?」

「違いますっ! 嘘などではありません。エイド君が死んでしまったらと思ったらとても怖くて必死でした。あの時の言葉は生に踏み止まって下さるのは何かと考えて、瞬間的に出てきたものをついうっかり口にしてしまったのです。エイド君は友情を重んじる人ですから」


 顔から手を離したアイラ姫から思いもかけない強さの声が飛んできて、面喰らった。


「な……んで、俺をそこまで思いやってくれるんですか?」


 現状、彼女はパン屋の顧客の一人に過ぎないと言っていい。ただし、俺をよく知らない人間が友情を重んじると断言できるとは思わない。アイラ姫はホント不思議な相手だよ。

 彼女は一瞬ちょっと固まって答えるのにやや窮したようにしていたけど、少し強く息を吸い込んだ。


「そ、そんなのは……そんなの……もっともっともっともっと、わたしがあなたと一緒に生きていきたいからです……!」

「へ……? な……一緒に生きて?」


 キャーーーーッ、何これもろに告白うううッ!?


 大きく動揺する俺は、だけど努めて平静を装った。

 だってもしそうだったとして俺にはどうしようもない。どうする気もない。故に敢えて何も気付かなかったってことでやり過ごそう。だって友情のうちってオチかもしれない。


「ハハハ私めも王国の民としてアイラ様とこの国と共にありますよ。ところで先のシオン少年に関しての物言いですと、私めが彼の命運までを握っているという方向に取ってしまうのですけれども?」


 平静を装い切れず子供らしさの欠片もない怪しさ満点口調の俺が、直前の一大告白(仮)には臣民としての模範的回答を口に話を進めれば、アイラ姫はどこか諦めたように、それでいて覚悟を決めた顔で俺を真っ直ぐに見つめてきた。


「シオン君の件は、そう取って頂いて構いません」


 俺が初めて見る何かの強い意思を秘めた顔で、不覚にもその瞳の鮮明さにドキリとした。


「こうなってしまっては仕方がありません。わたしの知っている話をエイド君に全部お教え致します。……到底信じられないとは思いますが……。エイド君、先程は咄嗟に誤魔化してしまって申し訳ありませんでした。あの……わたしのような不誠実な子など、嫌いになりました?」


 らしくなく、薄らと自嘲的にも見える笑みを浮かべて彼女はすっと頭を下げた。護衛たちが慌てたように彼女の左右から覗き込んで口々にやめるように言う。

 しかし彼女は聞き入れず、むしろそこから俺へと視線を寄越した。

 うぐっ、上目遣い。あざと可愛いなおいっ! ……っていやいやそんなわけないか、アイラ姫だし。たまたまだよな。


「不誠実って、大袈裟ですよ。それに俺はあなたを嫌いになったりなんてしません」


 アイラ姫はやっと顔を上げると、女の子らしく指先を交差させた手で自身の鼻先を押さえるようにした。


「……良かったです」


 最高の贈り物をもらった人がそうするみたいにこの上なく柔らかく微笑んだ姿は、仕種とも相まって反則級にスーパーキュート!


 大体さあその顔、一度目人生で俺が告白した時にしたのとほとんど同じ表情じゃね?


 勿論年齢は全然違うけど、元が同じ人間が作る表情には、込められた感情に差異がないのなら表出するものはとても似通うのかもしれない。

 今現在俺の目の前に居るアイラ姫は、嬉しいって感情を全面で表現している。

 英雄の俺じゃない、十歳の俺と同じ歳の女の子の顔で。

 ああそうだよ、俺たちはもうあの時の俺たちとは違うんだ。

 心が疼いた、けど振り返らないって決めただろ。


 あの時のアイラ姫、あなたともしもまた会えるなら、その限りじゃないけれど……。


 俺は喪失感に落ちかけた気持ちを吹っ切るように一度拳に力を入れた。


「それでアイラ様、俺の死とシオンにどんな繋がりがあるんですか?」


 アイラ姫は安堵の余韻をほんのりと残して真摯な目になった。


「エイド君の死はシオン君の死のカウントダウンの引き金なのです」

「それは予言の魔法か何かから導き出されたことなんですか?」


 世の中には不思議にも先々の出来事を視たって事例が皆無じゃないし、そういう類のレア魔法もある。


「予言ではありません」


 彼女はここで一旦言葉を切ってWニールたちを振り返った。


「二人共少し離れていて下さい。エイド君と二人だけで話がしたいのです」


 え、彼らに聞かれちゃまずい話なの? ぶっちゃけ半分以上聞かれたも同然だと思うけど。

 護衛二人は顔を見合わせてから揃って前に向き直って「御意に」なんて首を垂れる。ちょっと不満そうだけど主人の命だから仕方がないって顔付きだ。


「万一何事かございますれば、この小生めがすぐさまこの小僧を始末……こほん、とっちめてやりますので、ご安心下さい」


 おい男ニール、今始末ってハッキリ聞こえたよ。その瞬間女ニールの口角も上がったし、全く以て何て物騒な護衛たちだよ。

 程なく声が届かない辺りまで二人が退がると、彼女は徐に続きを口にした。


「あれは予言などではなく、わたしの体験を統計した結果出た答えなのです」

「体験? 統計?」


 何じゃそりゃ?

 何だか学者チックだなって困惑する俺だったけど、彼女の次の台詞は俺の予想した方向とは違っていた。


「エイド君は大親友のシオン君を死なせたくありませんよね? 大往生をしてほしいですよね? ですから絶対に死なないで下さい」


 え、え~? そりゃ俺だって孫の顔を見るまでは死ぬつもりはないけど……。


「お二人の死はわたしが妬けてしまうくらいに仲良くセットなのです。たとえば直近二つのケースで言えば、凱旋パレードで英雄だったあなたをシオン君が刺し殺しましたけと、彼はその直後に殺されましたし、王国軍人だったあなたが絞首刑になった日には、まだ救出が間に合うと思っていたのか刑場にたった一人で乱入して、その場で彼も処刑されました。エイド君の死がシオン君の死のきっかけなのです」

「な……」


 今、彼女は何て言った? 英雄? 王国軍人?


 全身がぞわっとして鳥肌が立った。

 偶然の一致? ……いやきっと違う。まるで実際に起きたのを見て知っているみたいだろ。

 でも何で? だって未だ誰にも逆行前の話はしていない。


 それに、俺の死後の俺の知らない展開までを知っている風なのはどうしてだ?


 凱旋パレードで考えられる展開としては、密かな俺の崇拝者が逆上したとかだろうか。

 でもエルシオンは一流冒険者だったから、そこらの兵士じゃ太刀打ちできない。それとも俺みたいに不意打ちされたのか?


「一流だったシオンが……エルシオンが殺されたって、誰に……」


 すんなりとは信じられず半ば独り言染みた問い掛けを口にすれば、彼女は口にするのを躊躇うように一度ぎゅっとその小さな珊瑚色の唇を結んだ。


「――師匠さんに」

「ええと、師匠ってどこの?」

「エイド君のです」

「は……はは、まさか……師匠がどうして弟子のあいつを殺すんですか……」


 いくら俺が殺されたからってそこまでしないと思う。元々他人の私闘や私怨には我関せずだしどこか冷ややかな目で見ていた御仁だ。

 思わず間抜けな半笑いを貼り付けた俺は、だけど次の言葉に息を呑んで絶句した。


「シオン君が……魔落ちしたからです」

「な、んだって?」


 魔落ち。


 極限まで負の感情に追い込まれた人間が発狂するようにして魔物化するのがそれだ。


 人間として最も忌むべき状態でもあり、正気に戻せる段階と魔物扱いで討伐するしかない手遅れの段階とに大きく分かれる。

 ならおそらくエルシオンは最早後者だった。

 そうなった者には冥府に送ってやることが魂の救済とか慈悲って言われている。師匠としての慈悲だったのかもしれない。

 今の話をアイラ姫以外から言われたんだったら、きっと俺は質の悪い冗談だと胸糞を悪くしただろう。だけど、彼女は嘘とか揶揄でこんな無神経で無責任な発言はしないと思う。


 だからつまりは、彼女の言葉が俺のファースト&セカンドライフ終了後の展開を言及しているのなら、エルシオンの死は――紛れもない真実。


 何てことだよ……師匠、エルシオン……っ。

 俺の死後に何やってたんだよホント。


 だけど、もうその人生は存在しない。


 今の俺が生きてどんどんかつての時間軸を上書きして行っているからだ。

 かつての人生で本当にそうだったとしてもこれから俺がそんな未来には向かわせない。刑場でだって死なせるかってんだ。

 弟子のエルシオンを葬った師匠だって辛かったはずだ。師匠にもそんな思いはさせない。

 確固たる決意を胸にする俺はここではたと大事な一点を思い出した。


 そうだよ、そもそもどうしてアイラ姫が諸々を知っている?


 俺の二度の過去世のアイラ姫が俺の死後の展開を把握していても別におかしくはない。

 だけど、俺の周囲の人間同様に、その知識と言うか記憶は今回の人生には持ち越されていないはずだ。

 なのに彼女は知っている。

 そこの大きな疑問を危うく失念するとこだった。


 いや~別バージョンの人生を語れるなんて、まるで俺みたいじゃんねえ~ハハハ。


 何せ俺ってば二回も逆行しちゃったもんなあハハハハハ……………………え?


「お、俺とシオンに不可解な因果はともかく、い、一応お訊きしますけど、アイラ様は俺とシオンが死ぬのを本当の本当に見たことがあるんですか?」

「はい」

「……俺、まだ生きてますけど?」


 思わず俺が自分自身を指差すと、アイラ姫はゆるゆると横に首を振った。


「おかしいと思われるのは当然です。何しろ今のエイド君ではありません。お二人の関連性はわたしにも謎ですが」


 今の俺、か。

 こりゃ確定と思っていいだろ。

 俺が時間の逆行について何も仄めかしてすらいない時点で、彼女の方からこんな驚くべき話を切り出してきた。きっと俺以外の他人が聞いたら全く理解できないどころか何言ってんだこいつって奇異の目で見られるのは必至だろう。

 これは彼女の持つ真実で、俺の考えている通りなら彼女は、いや彼女も……。


「二つの事例だけで俺が死ぬとシオンまでってのは、いくら何でも無理やり過ぎませんか?」


 するとアイラ姫は今にも泣きそうにくしゃりと顔を歪めた。


「……二度ではありません。わたしの知る限り、いつもことごとくそうなるのです」

「どういう、意味……?」

「わたしの話をすんなり信じて頂けないのは当然だと思います。ですが嘘でも偽りでもありません」


 アイラ姫は少し深呼吸した。


「わたしは何度も何度も人生を繰り返しているのです。そのどれもでエイド君たちは同様の結末を迎えました」

「…………」


 案の定、彼女も逆行人生組だった。


 でも驚いた。何度も何度もって言うからには俺よりも多くループしているってわけだよな。

 そもそも俺とシオンの傾向を断言できる程の回数って一体何回だよ。俺は慄きの目で自国の王女殿下を見据える。逆行の神も王族特権で大盛りてんこ盛りにしたのか?

 人生何度目ですかって口から出かかったものの、彼女の沈痛な表情を見ていたら何となく訊けなかった。


「いつもいつもいつもエイド君を救えなくて、二度前の人生のパレードの時は今度こそあなたの手を取れるという寸前で駄目でしたし、いっそこちらで根回ししておけばいい方向に行くかと思い、準備が整うまで会えずにいましたら、あなたは処刑されてしまいました。駆け付けたのに間に合わなかったのです。ごめんなさい……ッ」


 ハッキリとは覚えていないけど、絞首台で聞いた女性の悲鳴はもしかして彼女だったのかもしれない。


「えーっと、アイラ様が謝る必要はどこにもないですよ」

「いいえ。自己満足と言われても仕方がありません。ですが謝りたいのです」


 彼女は俺の両手を握って必死に訴えてくる。すでに剣は鞘に入れて腰の剣帯に挿してあるから怪我の心配はない。彼女が涙ぐんだ辺りからハラハラとしてやや遠くで見ていた護衛たちが気色ばむのが視界の端に映る。俺のせいじゃねえよ……って、いや今回ばかりは俺のせいか。


「力が及ばず申し訳ありません。ですから今度こそはエイド君を護りたいと思うのです。わたしを頭のおかしな人間とそう思われても当然です。普通はそう思うでしょう。ですがもうわたしはわたしの道を曲げられません。どうかわたしにエイド君を護らせて下さい!」


 少しだけ、苦く笑いそうになった。

 何だろうこの究極に良い子はって、両側からほっぺをむぎゅ~って押してやってぶちゃいくさんにしてやりたいくらいには、好きだなって思ったせいだ。

 好きな子を少し揶揄からかって自分の気持ちを表現するってガキな部分がうっかり出そうになったよ。

 彼女がどうしてこんなに俺のために嘆いてくれて頑張ってくれるのかって理由は、沢山の悲しいを経験してきたからなんだろう。

 俺は握られていた手を一度外して俺の方から握り直してやってから、その手をぽんぽんと労った。アイラ姫は不思議そうにする。


「アイラ様、その気持ちだけで十分です。俺だって人生を学習してるんです。今度は孫の顔を見るまでは死にませんよ」

「今度……とは?」


 俺はようやく微笑んだ。


「俺も二度ほど逆行転生していて、これが人生三度目なんです。頭がおかしいなんて思いませんよ」


 彼女はこの上なく目を丸くした。


「ほ、本当に? 二度前までのご記憶があると?」

「ええ、はい」

「ではその……二度前の時の最後の私への言葉も?」


 俺は少し呼吸を深くして目を伏せた。


「ええ、覚えてます。…………あなたに好きだって言いました」


 息を呑むような間があって、しばし彼女は黙り込んで俯いた。

 俺は俺で当時のマジ告白を思い出して、とりあえずは恥ずかしさに耐える。

 するとややあってポツ、ポツと手に何かが落ちてきた。

 アイラ姫が淑女らしくなく滂沱と涙を流していた。あとちょっと鼻水も。


「お、お、覚えていらっしゃるのですね、本当の本当に……ッ」

「アイラ様……そんなに泣かなくても」

「いいえっ、これは僥倖なのです。エイド君に下地があるのでしたらもうわたしの苦労も報われます。心置きなく攻略しちゃいます」

「……え? ……はい~?」

「結局のところわたしの気持ちだけでは駄目でしたのです。ですので今度こそもうお腹を括って物理で攻めさせて頂きます。指ぱくなんて温い真似ばかりはしていられません。とことん図々しくなります」


 ……物理で攻めるって何?

 指ぱくが温いってどういう意味ですか~?


「今度はずっとエイド君のお傍で暮らします!」


 いやいや普通に考えて俺の傍にって無理っしょそれ。今日までだって全然離れてたってのに。

 向こうは一国の姫でこっちは何の後ろ盾も基盤もない一庶民なんだ。


「私もシーハイに住みます!」


 最早素っ頓狂な声も出ないよ。

 たとえ姫を辞めるって言われても俺には彼女の人生の責任は取れない。

 他に良い男を見つけて幸せになってほしい。

 だってそうじゃないと俺の安泰人生が遠のく気しかしない。


「……駄目ですか?」


 また小悪魔的に上目遣いでうるうるしても駄目。

 かつては最愛だった人だけどさ…………って、ちょっと待て。かつて……?

 彼女も逆行転生しているし、このアイラ姫は俺が愛した俺の一度目のアイラ姫でもあるんだよな。

 でも一切はリセットされたんだし……以前と同じって考えていいのか? 考えるべきなのか?

 俺が悩み迷うようにして何も答えられないでいると、彼女は一度目を伏せ、その下がった睫毛を俺のために上げた。


「エイド君、今度こそ髪が白くなるまで一緒に歳をとりましょう! ニールたちにしても、本来ならあなたをお護りするために雇った人員なのです」


 俺のためのって……まあ先程の大ピンチじゃきちんと彼女の思惑通りの働きをしていたけど。


「実は彼らをスカウトしに行く途中で道を間違ってしまって、その時にこの人生でのエイド君にお会いしたのです。助けて頂いて天にも昇る気持ちでした。あの後お礼にお伺いした時にはもうシーハイに発たれた後で残念でしたけれど……。村長さんの接待に構わずご実家にお伺いすれば良かったです」


 ああ、だから村にまで来ていたのか。

 どこにあんな腕利きたちが埋もれていたのかは知らないけど、当の二人は前々から雇った目的を聞かされていたのかもしれない。アイラ姫の考えに反論はしなかったけどずっと不服には思っていたんだろう。

 二人が護りたいのはどう見てもアイラ姫だ。彼らが最初から俺に冷たかったのはそんな事情があったからか。なるほどなるほどー……俺全然悪くねえじゃんっ。

 でもそっか、彼女は俺の知らない俺の人生の多くを見てきたのか。にもかかわらず嫌気も差さず俺を一途に追いかけてくれていた。


 ……俺はこの先、あの告白の続きを願うんだろうか。


 思いもかけない形の再会に、正直気持ちの整理がまだ追い付かない。

 有り得ないと思いつつも確かに心のどこかでは願っていた現実に直面して初めて、彼女への想いが現在進行形の恋慕なのか懐古から来る切なさなのかわからなくなった。

 好意はあるし、可愛いとも思う。好きの範疇なのは否定しない。

 抱くその想いがナマモノか化石かなだけで。

 けどまあまだ今日の今日だし、気持ちは追々見えてくるだろう。ゆっくり考えてもいいよな。

 さっきまでは距離を取るとか思っていたくせに、いざ本当にかつてのアイラ姫を前にしてころっと態度を変えるなんて俺も現金だとは思う。

 でも、これが偽らざる本音なんだからしょうがない。


「アイラ様」


 彼女は聞き届けてくれるだろうか。俺のこの我が儘で利己的な願いを。

 大真面目な様子に彼女は心なしハッとして姿勢を正す。


「俺はこの人生できっとあなたの憂いを取り除いてみせます」


 孫を腕に抱くって志半ばで死んだりしてやるもんか。


「だからもう、俺の死に囚われないで下さい。もっと自由にあなたのこの人生を生きて下さい。俺は今ここにちゃんと生きているんです。ですから、友達としてまた一からよろしくお願いします」


 心機一転と、俺は手を差し出した。


「エイド君……」


 アイラ姫は感動したのか、またほろほろと涙する。

 本当に泣き虫だなあ。

 まあけど、色々な事情を知っているだろう彼女とは、この先悪い関係にはならない気がする。

 きっと良い友人関係を築いていけ――


「絶対にお断りなのです」


 どこか仄暗く胡乱な目をしたアイラ姫が、いつになく低い声でそう言った。

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