不死の怪異になった俺にも怖いものがある。それは元カノです…

明石龍之介

第1話 この世で一番怖いもの

「今日の午後6時頃、2丁目の交差点でトラックに学生と思われる男が衝突したとの通報がありました。しかしながら被害者の男性の行方が不明であり…」


テレビではついさっきがトラックと衝突したニュースが流れていた。


あーあ、やっちゃったな…

でも俺だって元人間だ、トラックにはねられそうになっている子を見殺しになんてできない。


そう、俺は今は人ではない。

世間では俺みたいなのを怪異だの化け物だのというらしい。


名前はある。

不死川神ふしかわじんなんて大層な名前のせいで中学の頃はよく不死身の神様なんていじられたもんだ。

いや、あれはいじめだったか…

よく飛び降りて生き返れとか言われてたことを覚えている。

そんな陰キャラだった俺だが別に友人がいなかったわけではない。

慕ってくれていた後輩もいた。

ここだけの話、彼女もいた…


そんな俺が人でなくなったのは多分去年の夏休み。

高校で一人暮らしを始めてから初めての帰省の際のことだった。

多分というのは、その出来事が本当にその原因かどうか確かめる方法がないからである。しかし心当たりと呼べるものもまた、その時のことしかないのも事実である。


元々は病弱だった俺のために万病に効く薬を作ると言っていた薬剤師の祖父が亡くなったことを受けて急遽田舎に帰ったのだ。


小さい頃に両親を亡くした俺を一人で育ててくれた、いわば育ての親の死に俺はひどく悲しんだ。


そして祖父から遺言が残されており、その中には俺へ宛てた内容も書かれていた。


それは薬が完成したと俺に伝えてほしいという内容だったと弁護士の先生から聞かされた。


実際祖父から話は聞かされていたが、どんなものか見たこともなかったため、俺は祖父の蔵を何日も探した。

そしてある木箱を見つけた。

その中には液体の入った瓶が丁寧に納められていた。


多分これが祖父の言っていたものだろうと思った俺は迷うことなくその中身を飲んでしまった。


多分祖父が残してくれたであろうそれを飲むことが手向けにでもなると思っていたのだろう。


そしておそらくその薬が原因で俺は怪異になった。


最初はもちろん気付くはずもなく、普通に学校に通っていた。

しかしある日、自炊をしている時に手を包丁で切ってしまった。するとみるみるうちに傷が治り、あたりに散った血も俺のところに帰ってくるではないか。


その光景に俺はひどく怯え、3日ほど学校を休んだ。

一体自分の身に何が起きたのか知りたくてその後も何度も自分の身体を傷つけた。

しかし結果は同じだった。

その事実に絶望し、何度か死のうとしたが死ぬことはおろか重症になることすらできず、俺の身体は綺麗に元通りになるだけだった。


何日か過ごして分かったことは、それ以外は普通の人と変わらないということだ。

なのでしばらくは普通の高校生を


しかしやはり違ったようだった。


ある冬の朝だった。

俺は上級生と喧嘩になった。

理由は絡まれていた中学生の女の子を助けようとしたことだった。

病弱で喧嘩も弱い俺だが、祖父の教えで困っている人がいたら助けてやりなさいと言われ続けていたことを何故かその時に限って思い出した。

もしかしたらその女の子が俺の通っていた中学のものだったからという理由もあったかもしれない。


結果として終始一方的に殴られた俺だったが、不思議と痛みはなかった。

そしてせめてもの抵抗をと思い相手の手を振り払ったら、その相手の手が反対側に向いて折れた。

そしてムキになった相手の蹴りを受け止めたら相手の膝が砕けた。


俺の力は人のそれを超えていた…


しかしその後も降りかかる火の粉を払おうとするだけで次々に相手は傷ついていった。そして当然のように俺は無傷だった。


結局警察沙汰になってしまい、何故か俺が相手をリンチしたことになりそのまま停学処分を受けた。


俺は祖父の財産を相続して、ある程度の金を持っていたのですぐに高校を辞めて実家に帰ろうとした。


しかしSNSというものは恐ろしい。

暴力高校生Fとして自宅の写真までアップされた。

地元の人間に迷惑をかけてはいけないと思い、俺は結局実家には帰らなかった。


そして今は離れた街に移り住み、ボロアパートで一人ニートのような生活を送っている。


別に不死身だったら便利じゃないかとか、特に見た目は変わらないのなら人間なんじゃないか、なんて思っていた時もあった。


しかしいざ自分の体がこんな不気味なものになったらそうは思えない。

それに多分この力は多くの人に迷惑をかける。

実際そのせいで怪我を負った人もいたし俺も迫害を受けた。


だから誰にも関わらないように細々と生きる道を選んでから半年が過ぎた。


そして今日、いつものようにコンビニに買い出しに行った時のことだった。


トラックにはねられそうになっている女の子を見かけて助けてしまった。

女の子は無傷だった。

俺はトラックにはねられてぐしゃぐしゃになった。

しかしすぐにバラバラになった身体は再生して元通りになった。

再生する時に俺は助けた女の子と目が合った。


その時の彼女の目はそう、あの時助けた女の子と同じような目をしていた。

化け物を見るようなあの目だ…


俺は再生したあとにすぐ逃げるようにその場を去った。


この半年ほど誰とも接することもなくてすっかり忘れていた。

俺は化け物だったということを。


わかっていてもあんな目で見られたら俺だって傷つく。

だから人とは関わらないと決めたんだ。


「すみませーん」


玄関口から誰かが呼ぶ声がする。

このアパートは築50年で隣の部屋の会話まで聞こえてきそうな朽ちた壁に薄いドア一枚だから外から話しかけてくればすぐにわかる。

もっともそんな人間は今まで一人もいなかったが。


「すみませーん」


女か?しかしこんなところに来るやつなんて何かの勧誘くらいのものだろう。

当然無視だ。なにかドアを叩いているがそのうち諦めて帰るだろう。


「せんぱい、いるんですよね?開けてください!」


先輩?俺のことをそう呼ぶ人間は学生時代そう多くはなかったはずだ。


中学の時に入っていた写真部唯一の部員であった後輩。

たまたま文化祭の準備の時に係が一緒になった後輩。

それに…


「せんぱーい、面倒だから開けますね!うりゃっ!」


もともと建付けの悪いドアが大きな音とともに部屋の内側に吹っ飛んできた。


俺は飛び起きて玄関先を見た。

そしてそのドアを蹴り破った女の姿を見て、たまらなく怯えた。


俺は確かに人間でなくなったことにひどく落ち込んだ時期もあった。

高校を退学する時は社会の理不尽さを恨んだりもした。

それでもこの体になって色々あったせいでができたことだけは感謝していた。

それはある人物と会わなくて済む口実ができたことだった…


「せんぱい、やっぱりいるんじゃないですか♪言い訳次第では…殺しますよ?」


笑顔でそう語りかけながらゆっくりこちらに向かってくるのは俺の中学の後輩であり…元彼女でもある月詠雪乃つくよみゆきの

見た目はとても華奢で可愛らしく、まるで人形のようなその整った姿は今も昔もかわらないな、と正直に思った。

小さい身体に肩越しまで伸びた髪、そして大きな琥珀色の瞳。

細く、でも女性らしい雰囲気のシルエットはとても印象的だ。


俺は怪異となった。だから人間とはもう関わらない。当然人間である彼女である雪乃とはもう会うことはできない。

そんな自分の中での都合のいい言い訳は彼女によって打ち破られた。


「なんですかその目?私がくりぬいてあげましょうか?ね、せんぱい♪」


この再会が意味するものは、無限の可能性でもまだ見ぬ明日への希望でもない。

ただの絶望である。


昨日と同じ今日、そして今日と同じであろう明日という不変なものの尊さをただ噛みしめながら俺は今、怪異になってからの日々がいかに幸せであったかを実感するのであった…



































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