男主人公マテオ・フォルリーニ(二)
俺のテリトリーに引き込んだからといってすぐにキャスに手を出すつもりはなかった。そのくらいの分別はある。あまりにことを急いでがっついていると思われたくないし、嫌われるのだけは避けたい。
そしてキャスに性病検査を受けさせようとしたら、ついでに俺も受けることになってしまった。キャスが真っ赤になって俺を追及するのでついつい従ってしまった。
確かに彼女の言い分ももっともだ。俺だって無防備な行為なんぞしていないから、無症状の保菌者という可能性もないのだが、お互いそれを証明するには検査するしかない。
俺が知っている限り、いつもジーンズ姿のキャスがクリニックに行く時は青いワンピースを着てきた。丈も短すぎず、イイ感じだ。
「ジーンズじゃなくて、そういう恰好も良く似合うな」
すごくイイのだが、同時に俺の理性にとっては非常に宜しくない。
俺がその気になるまで手は出さない、とドヤ顔でキャスに告げた俺だが、おいどの口がそんなことをぬかしているんだと自分で自分にツッコミを入れていた。初めて公園で彼女を見かけた時から俺は既にその気満々である。
さて、昨日の午後から俺は仕事が全然進んでいなかったので泣く泣くその日は書斎に籠って書類を片付けることにした。キャスの身柄を無事に確保できたし、明日から二人きりでボードゥローに行くのだ。今のうちに済ませておけば、明日からは彼女とゆっくりする時間も作れる。自分でも驚くべき集中力でひと段落つけた。
そして夕食前にプールでひと泳ぎしようと水着に着替えた。キャスもプールに誘ったというか、無理矢理付き合わせた。仕事を頑張った分、ご褒美に彼女の水着姿くらい拝ませて欲しい。
キャスの水着は正に彼女らしい露出の少ない健康的なもので安心した。それでも俺は大いに目の保養ができて満足だ。
女性の多くは男の逞しい鍛えた体に惹かれるという。だから俺の方もプールでこれ見よがしに体を見せたのにキャスは余りに反応が薄かった。それどころか、俺が近付いてちょっとだけでも触れる度に何だか怖がっている。セクハラパワハラと言われないか、俺の方がビクビクしていた。
その後も俺は三日間も手を出さず頑張って辛抱した。手繋ぎ、お休みのキス、腰抱き、ディープキスと気長に順にステップを踏んでいった。
そして俺はついに三日目の夜、キャスにベッドを共にしようと宣言した。二人とも性病検査をクリアしたし、キャスも二部屋の間のドアを締め切ってはいなかった。そろそろ行けると俺は踏んでいた。
ハッキリ言って、あの夕食会で肉食系アンジェラの毒気にやられた俺はもう限界が来ていたのだ。清らかなキャスに癒されたい思いで俺はもうどうにかなってしまいそうだった。
彼女は余り経験もなさそうだったので、がっついて暴走しないように努めてゆっくりと優しく彼女を抱いた。俺自身、キャスの全てをじっくり味わいたかったから、すぐに俺だけ達してしまわないように頑張って
三日三晩も彼女と同じ屋根の下で過ごしたのに今まで我慢した甲斐もあって、素晴らしい夜となった。詳細はもったいなくて言えない。今夜のキャスの反応からすると彼女も俺とのセックスが大層良かったようだ。よし、俺なしでは生きられない体にしてやる。
それからの数日間はまるで夢のようだった。キャスがホテルの部屋で待っていると思うと仕事もはかどった。そして夜は彼女との甘いひとときに
彼女が丸一日出掛けて夜遅くなった時はもう心配で心配で居ても立っても居られなかった。翌朝、速攻で彼女に携帯電話を買い与えた。
その時の俺はもう温室修理代のかたにキャスを連れ回していることなどすっかり忘れて浮かれており、彼女との間の温度差にあまり気付いていなかったのだ。当時の自分に蹴りを入れてやりたい。
そして俺はあのポール・デュゲイ野郎の別荘へキャスを同行した。そこで起こってしまったことを思い出すと今でもはらわたが煮えくり返る。
彼女に枕営業をさせようとしたと誤解された時には冷水を浴びせられた気分だった。信用されていなかった自分自身へか、ろくでなしの取引相手とその妻へか、怒りの持って行き場所が分からなかった。
ポール・デュゲイに殴る蹴るの暴行を加えたい衝動に駆られたがやめた。こやつを触るのも、視界に入れるのも
車で待たせているキャスの所へ行き、こんな所から彼女をすぐに連れ去るのが最優先だった。
ホテルに着いてから部屋に戻り、キャスを夕食に誘ったがお腹も空いていないからと断られた。そして彼女は今晩は一人にしてくれと部屋に閉じこもってしまったのだ。
俺は夕食の差し入れをするくらいしか何もしてやれなかった。その夜の俺は中々寝付けるはずもなく、眠りも浅く、翌朝は随分と早く目が覚めてしまった。朝が早いキャスもそろそろ起きる頃だろうと思いながらも、彼女の部屋をノックするべきかどうか随分と迷っていた。
彼女と一緒に朝食を取っていた時間になっても、全く隣から物音がしないので嫌な予感がした。二部屋の間のドアを開けたら、キャス側は開いていた。しかし、部屋にも浴室にも愛しい彼女の姿はなかった。
部屋の片付き具合から何かがおかしいことを感じたと同時に俺はテーブルの上のメモを発見した。
「カoツォ!」
嫌な予感が的中、それは置手紙だった。
『マテオ・フォルリーニさま、こんな形で去る私をお許しください。昨日も申しましたように、私は貴方に提示された労働が出来ていたとは到底思えません。それに私の体調の都合で、向こう数日間は貴方と夜を共にすることも出来なくなりました。ですから貴方から賃金を受け取るわけにはいきません。今更ですが、何もかも途中で放り出す形になってしまって申し訳ありません。小切手の額が足りなければ請求書をお送りください。できる限り早く返済いたします。カサンドラ・デシャン』
手紙の横には封筒に入った後付け個人小切手、部屋の鍵、俺が渡していたクレジットカードと携帯電話もあった。俺が買った服や靴も全て残されていた。
目の前が一瞬真っ暗になり、心の中ではどす黒い感情が渦巻いていた。ホテルの部屋にあるものを全て破壊してやりたい気持ちだった。
昨日の一件は起こってしまったが、キャスは一体俺の何が不満だったのだ。
彼女にはまず手の届かないような贅沢をさせてやり、買い物だってしてやったし、俺のクレジットカードだって自由に使わせた。
とりあえずあらん限りの罵り言葉を吐き、そこにあった椅子を思いっきり蹴っ飛ばした。椅子が吹っ飛んで行き壁にぶつかった音で少し我に返った。今の俺は癇癪を起こしているただの甘やかされたガキと変わらない。
大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けようと努めた。キャスのベッドはきちんと整えられていて、触ってみると温もりは全く感じられない。彼女が去ってから既に数時間経っているなら今から追いかけても間に合わない。特急電車か高速バスでロリミエに帰ったのだろう。
そこでクレジットカードの口座を調べてみると案の定、キャスは一セントも使っていなかった。それに彼女から何かをねだられたこともなかった。デュゲイとの夕食会のために選んだあのドレスまでキャスは自費で買ったようだった。
キャスにとって俺はただの傲慢な雇用主だったのだ。俺は二人の間の気持ちのすれ違いに気付いていながらもそんなに気にしていなかった。
ボードゥロー滞在が終わる頃、ロリミエに帰ってからも会おうと提案するつもりだった。彼女の態度からも、俺に男性として惹かれているのは分かっていた。
しかし、俺は恋人として付き合おうとも好きだとも言っていない。まだ若い学生の彼女に対して、俺が一人でしつこく重くなりすぎてもいけないかと思っていた。
もたもたしているうちにキャスは俺の手からすり抜けて行ってしまった。キャスを腕の中に取り戻すためには何だってする、と固く決意した。偽らない正直な気持ちを彼女に告白しよう。
気付いたら俺の方がキャスなしでは生きられない体になってしまっていたのだった。ペル ファヴォーレ、キャス。哀れな俺を受け入れてくれ。
――― マテオ・フォルリーニ 完 ―――
***今話の二言***
カoツォ!
〇ァoク!と言ったところでしょうか。悪い言葉ですので良い子は真似をしないで下さい。
ペル ファヴォーレ
お願いです、プリーズ
ホテルの備品に八つ当たりをして壊すのは犯罪に当たります。良い子は真似をしないで下さい。
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