親友アン=ソレイユ・ボドワン(二)




 翌日の夜、フォルリーニさんから電話がありました。


「こんばんは、フォルリーニだ。金曜日は結局俺自身がキャスの迎えをすることになった。で、考えたのだが、俺はまず君を職場に迎えに行って、それから君のアパルトマンに居るキャスのところへ行こうと思う」


 理解するのに数秒が必要でした。


「いえいえ、とんでもないです。そんなお手数をお掛けするわけにはいきませんから……」


「手数じゃない。皆がより早く帰宅できる最善策だ。職場の住所を教えてくれ」


「……分かりました。私の電話番号は携帯電話ではないので、当日何かありましたら歯科医院の方へお電話を下さい」


 有無を言わさぬフォルリーニさんはまず私の勤める歯科医院に来てくれることになりました。それでも当日彼が現れるとは何だか信じられませんでしたし、キャスも何も言っていませんでした。


「お疲れさまでした」


 その夜、私と同僚は最後の患者さんが帰った後、片付けをして歯科医院の従業員用出入り口から出て行きました。同僚はいつものように今週末の予定などを先程から延々と話しながら自分の車に向かいます。いわゆる彼氏自慢で、私は適当に相槌を打つだけです。


「でね、今晩は彼のところに泊まって、明日の夜は旧港へクリスマスの電飾を見に行く予定なのよ」


「いいわね、良い週末を」


 私は戸締まりをしっかり確認して薄暗い駐車場の方に目を向けると、そこには二台の車が停まっていました。うち一台は同僚のもので、もう一台は青いスポーツカーでした。


 その時、青い車のライトが点き、エンジンがかかると運転席から男性が降りてきたのです。まさかと思いましたが、フォルリーニさんその人でした。


「こんばんは、マドモアゼル。荷物を持とう」


「こ、こんばんは」


 彼は近付いてきて当然のように私の重い鞄を持ってくれると、スマートに助手席のドアを開けてくれます。


「ありがとうございます」


 何と助手席は私のために温められていました。私の荷物を後部座席に置き、フォルリーニさんは運転席に座ると車を発車させました。同僚の彼女がまだ自分の車にも乗らず私たちを見ているのがちらりと目に入ってきて、私は何とも爽快な気分でした。


「今晩は私まで迎えに来て下さってありがとうございました」


「いや、君が早く帰れる分、俺もキャスに早く会えるから」


 何気に惚気のろけられています。それでも、愛しい彼女に会いたいだけなら彼は私のアパルトマンに早めに行って二人で私のことを待つこともできたのです。


「キャスにはいつもお世話になっています。あまり無理なお願いはしないようにしているのですが、今晩は彼女が来てくれて本当に助かりました」


「ああ、キャスは君のためだったら俺とのデートなんてすっぽかすに決まっている」


「えっ、今晩は彼女と予定があったのですか? でしたら本当に申し訳ないです」


「いや。ものの例えだ」


「キャスは困っている人を放っておけないから……私と彼女が仲良くなったのは、妊娠初期に私が授業中に倒れたのがきっかけだったのです。彼女が医務室に連れて行ってくれて。懐かしいわ、あれから色々なことがあって……」


 私はフォルリーニさんに話すというより一人で語るような感じになっていました。何となく沈黙が気まずいので何か喋っていないといけない気がしたのです。キャスの話題なら無難です。


「私たちは同じ学科の同級生でしたが、それ以前は話したこともありませんでした。私っていわゆる同性から嫌われるタイプだったのです。だから大学でも女友達があまり居なくて、真面目に勉強しているキャスなんて一番に避けられていたと思ったのに」


「キャスなら病人を見捨ててまで授業に集中できないだろう」


「そうですね。しかもすぐに妊娠していることまで言い当てられてしまって……それから休学、出産した私はキャスやリサに面倒を見てもらってばかりなのです」


「君も苦労が尽きないな」


「まあ、フォルリーニさん。独身の男性から母子家庭の苦労をねぎらわれることは珍しいです。下心がある人の場合は別ですけれど。大抵は私が無防備にヤッてしまったツケが回ってきたんだろう、みたいな目で見られるだけです」


「俺の伯母が早くに夫を亡くして苦労していたのを見ていたから。それに子供は君だけの責任でなくて、一人じゃ作れないだろう」


「おっしゃる通りですね……あっ、その先の信号を左に入って下さい。もうすぐ着きます」


 そこからは道案内になって会話はそこで中断したので助かりました。フォルリーニさんだって、私がキャスの友人だから無下にしないだけです。シングルマザーの愚痴を延々と続けることにならなくて良かったです。




 それからも私はキャスを含め、家族や友人たちに協力してもらいながらダニエルを一人で育てています。


 キャスとフォルリーニさんも少しずつ愛をはぐくみ、今日の結婚式を迎えることになりました。私は迷った末に昼間の聖堂で行われる式だけに参加させてもらうことにしました。三歳のダニエルは今日、リサのお母さんと留守番です。


 披露宴に行けない私は式の後、帰宅する前にキャスに一言お祝いだけでも言いたかったのです。聖堂前の人ごみの中、新郎新婦の元へ向かいました。


「キャス、とても綺麗よ。おめでとう!」


 私たちは抱き合って頬にキスを交わしました。


「アンソ、ありがとう。これをどうぞ。良かった、貴女が帰ってしまう前に是非受け取ってもらいたかったのよ」


 キャスは花嫁のブーケからピンクの薔薇を一輪引き抜いて私に渡してくれました。


「そんなことをしたら、ブーケが……」


「一本くらい大丈夫よ。これはこの後の披露宴で投げることになっているのだけど、本当に受け取ってもらいたいのは貴女だから」


「嫌だわ、キャスったら。私なんてあのリサよりも更に縁がないのは分かっているじゃないの」


「失礼ね、アンソ。しっかり聞こえているわよ!」


 私はいつの間にか隣に居たリサに肘でつつかれました。


「生涯の伴侶を見つけて結婚するだけが幸福の形だとは限らないでしょうけれど……私、貴女とダニーにももっと幸せになって欲しいもの」


「うん……ありがとう」


 私は感極まって涙が出てきてしまいました。そんな私をキャスが優しく抱きしめてくれました。


「何だ、俺の花嫁はアンソを泣かせているのか? 普通は花嫁の方が泣くもんじゃないか?」


「私も泣かせるつもりはなかったのよ、旦那さま」


 先程から私たちには背を向けて親族の方々と話していた花婿が花嫁の隣に戻ってきました。


「ああ、マテオさん。本日はおめでとうございます。お二人の幸せを少しだけお裾分けしてもらっていたところだったの」


 私は涙を拭いてマテオさんとも抱擁と頬へのキスを交わします。


「クアント ヴォイ、プレーゴ。俺達には分け与えてもなお有り余る幸せが溢れているからな」


 そして新郎新婦は二人だけの世界に入り込み、抱き合って熱いキスを交わし始めました。


 私は一輪の薔薇を持って愛するダニエルの元へ帰ることにします。彼も大好きなキャスの花嫁姿がいかに美しかったか、話して聞かせてあげるのが楽しみでした。




***今話の一言***

クアント ヴォイ、プレーゴ

お好きなだけどうぞ。


感動の結婚式の場面というきりの良い所で脇役視点もここで終わりです。

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