第11話 Spring has come(11)
ゆうこは
何とか萌香に家庭を第一に考えて欲しいと思い、話をしに行ったのだが
彼女と自分の仕事に対する情熱が違っていることに
恥ずかしくさえ思った。
志藤の話によれば
最低最悪な家庭環境であった彼女は
とにかくいい学校に入って、いい会社に就職して
いい仕事をしたくて、手段を選ばずに生きていた。
自分のような恵まれすぎて育ってきた人間とは
仕事に対する情熱が違う。
それを思い知らされた。
斯波は毎晩のように萌香を見舞った。
「忙しいんやから。 こんなに来なくていいのに、」
萌香は気にした。
「別にそれほど忙しくないし。 志藤さんの引継ぎとかは、けっこう大変だけど。」
そう言われて
萌香の顔は曇った。
斯波はベッドサイドにある、小さなフラワーアレンジメントに気づいた。
「・・ひょっとして。 志藤さんの奥さん、来てくれたの?」
ピンときた。
「ええ。 わざわざ・・心配してくださって・・」
「そう、」
「身体のことも、やけど。 私の仕事のことも心配してくださって、」
「仕事・・?」
萌香は毛布をぎゅっと掴んで、
「清四郎さん、」
改まって斯波の名を呼んだ。
「え、」
「私・・。 許されるのなら、本部長の秘書の仕事に専念したいと思ってるんやけど。」
とうとう
この話を彼に切り出してしまった。
「・・・・」
斯波は黙ってしまった。
「子供を産んでからも、本部長の秘書として仕事をしていきたいの。」
「萌・・」
彼女の言う意味がわかり、少し呆然とした。
「本部長と一緒に、事業部を出たいの・・」
萌香は
デリカシーのない言い方をしてしまった。
斯波は心臓の鼓動を抑え切れなかった。
「・・それは」
「ごめんなさい。 人が抜けたら事業部が困るのがわかっているのに。 でも、ずっと考えていたことなの。」
萌香のこの話は
斯波に少なからずショックを与えた。
「今・・急に言われても。 少し考えないと、」
そう答えるのが精一杯だった。
今これを言うべきか迷ったが
いつかは彼に本当の気持ちを告げなくてはならない、と萌香は思っていた。
悩んだままの彼の背中を黙って見送るしかなかった。
「・・遅くにおじゃまをして、申し訳ありません、」
斯波はそのまま浅草の志藤の家まで行ってしまった。
「いいえ。 遠くまですみません、」
ゆうこは逆に恐縮した。
「あ、ごめんごめん。 今、こころと風呂入ってて・・」
志藤は頭を拭きながらやって来た。
「いえ・・。 こちらこそ、」
斯波は頭を下げた。
「あ~~、しばちゃんだァ・・」
パジャマ姿のこころが駆け寄ってきた。
「・・こんばんわ、」
斯波はニッコリ笑ってこころの頭にかかったタオルで彼女の髪を拭いてやった。
「パパにかみのけあらってもらうと、いたいんだよぉ~。 もっとやさしくしてほしいのに~~、」
こころは口を尖らせて志藤を見上げた。
「おまえが暴れるからやろ。 もういいかげん自分で洗えるようになれ、」
志藤は心外そうに斯波の向かい側に座った。
「ほら、こころはもう歯をみがいて寝なさい。 もう涼も凛太郎も寝ちゃったわよ。」
ゆうこがこころを洗面所に連れて行く。
志藤はタバコを取り出して口にくわえた。
「・・話は・・栗栖のこと?」
先回りしてそう言われた。
「・・あ、はい」
斯波から突然、今から家に行ってもいいか、と言われたときからそれは予感していた。
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