第Ⅳ話:「危機の一つ」

「おい」


 誰かが声を掛けてきた。

 自分に掛けられた声だとは思わず(基本誰からも話しかけられないカイである)、水筒から麦茶を飲もうとすると――


「お前だよ!無能!」


 水筒が跳ね飛ばされ地面を転がる。幸い特殊な水筒なので横に向けても零れないうえ、とても頑丈なので中身も外身も無事。

 だが流石にこんな事をされては不愉快なので――


「……何?」


 普段より声のトーンを下げ、目付きを鋭くして相手を見る。


 相手は緑色の髪の毛を短めにしており、背は高く筋骨隆々としている少年――イスルギ=イツロウとその取り巻きである坊主頭とモヒカンの少年二人。

 彼らはよくカイの事が気に入らないのか突っかかって来る三人組だった。……因みに原因の一つに筆記の成績の圧倒的な差がある。カイは上の上から上の中をキープしているのに対して彼らは中の下。赤点回避ギリギリらしい。

 とは言っても彼らのやってくる事は大声で影口を言ったり(それくらい屁でもない)、足払いを仕掛けようとしたり(そんなものに引っかからない)、校舎裏や体育館裏、屋上に呼び出そうとしたり(当然無視。当たり前)するくらいであるのであまり実害はなかった。……その態度が火に油を注いでいることハイトは知らないしわからないし理解したくもない。

 ここ最近は嫌がらせはぱったり止んでいた。てっきり飽きたかとカイは思っていた。そんなイスルギはカイを見て勝ち誇ったように言う。


「やっと、やっとだ!」

「……何が?」

「目障りなお前の顔を見なくて良くなった!」

「そうか。良かったな。辞めるのか?」


 周りの者に粗暴な態度をしているイスルギ。親が有力者らしく学園側も色々言いづらいらしい。そんな彼もやらかして遂に退学かと思ったが――


「そんな訳ねえだろうが」

「馬鹿かお前!」

「……」


 坊主とモヒカンが煽って来るかそれに無言で対応するカイ。

 そんな彼にイスルギは告げる。


「……知らないのか?お前退学だぜ!」


 勝ち誇るように言うイスルギ。


「は?」


 思いもしない――否、少しだけは思った事がある言葉に目が点になるカイ。

 意味不明、理解不能――否、正確には意味はわかるし理解もできる。だが納得できるわけがない。


「……俺、退学になるような事していないけど」


 授業は真面目に受けており、サボった事はないうえ、居眠りもせず、態度は悪くない……はず。成績は筆記は前述の通り高得点を取れている。……実技だけは低いがそれはしょうがない。そして何より犯罪に触れるような事はしていない。……多分。恐らく。


「簡単な火を起こすことすらも出来てねえだろうが!」

「術式一切使えないどころか、異能力一つ持たねえ癖によお!」

「模擬戦じゃあ負けっぱなしだろう!」

「何の特性すら持っていねえ癖によお!」

「……まあね」


 また煽る坊主頭とモヒカン。それに言葉短めに答えるカイト。

 

 魔力は人によって特性がある。例えば特定の属性を使う時はコスパが良い、魔力回復量が高いと言った事から、怪力や第六感等などで現れる場合もある。……そして時には異形となる時がある。角が生えたり、動植物の特徴が出たり、耳が長くなったりする事が確認されている。


 閑話休題。

 

 彼らの説明によれば秋から学園の実技の評価基準が変わるらしい。規定値に達しない者は退学。……それに代わる異能力や特性がある者は別だが。だからこそ自分は退学になるとの事。

 勝ち誇るイスルギにため息を尽きながらカイは心の中でぼやく。


(しょうがないだろう。魂が欠けているのだから)


 ハイトは自身の障害を周りに明かしていない。それを知っているのはは幼馴染と師匠くらい(故人含めれば増える)である。言っていない理由はそれがあまりにもハンディキャップとなるからだ。

 例えるならば、四肢の無い人がそのままの状態で総合格闘家のチャンピオンを目指すようなもの。……ほぼ不可能な事である。

 そんな事を言ってしまえば魔導士として生きること自体を止められてしまう。だから言わない。……まあ幼馴染には言った。それで止めて来たので大喧嘩の末(ボコボコにされた)口を利かなくなった。


 閑話休題。


「だがまあ先生達は鬼じゃねえ。チャンスをやるそうだ」

「……チャンス?」

「ああそうだ」


 イスルギの説明によれば追試が行われる。

 特定の相手と模擬戦をして勝てばこの学園に残れるらしい。

 そして追試の日は――


「来年?再来年?」

「そんな訳ねえだろう!夏休み明けだ」

「……」


 一カ月は準備期間があるので妥当な所だろうか?


「じゃあな!逃げんなよ!あ、逃げてもいいけど退学な!」

「ま、どうせ結果は決まっていますけどね!」

「結果が楽しみですね!」


 そんな事を言いながら三人組は教室を出て行った。

 彼らが遠くに行くのを確認したカイは落ちた水筒を拾い上げ机に置き――


「はあ……」


 溜息を吐いた。

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