【テスト版】『魔術学院vs南米ギャング編(仮題)』第一話
どんなに親しい友人でも、椅子に手足を縛り付けるには結構な躊躇いを覚えるはずだというのに、リリ・オルデナの手足はがっちりと固定されていた。
リリの視界の中、悠然とコーヒーを飲む同級生の少女、村雨千景はベッドに腰掛けて窓の外を眺めたまま、こちらをちらとも見ずに言う。
「ここは聖流院魔術学院の女子寮。……の私の部屋。ああ、心配しなくていいよ。ルームメイトは空気が読める人だから。……もっとも、正義感の強い人でも、あるんだけどね」
千景はリリを見ると、にっこりとした笑みで首を傾げた。「知ってるでしょ?」と言いたげに。
それからコーヒーを机に置いて、リリの方へ近づくと服のポケットからスティック付きの飴を取り出した。飴をリリに見せて問う。
「これのこと、教えてくれるかな?」
「嫌だ……って言ったら?」
千景は肩をすくめた。一歩下がって、
「それじゃあ説明してあげようか。リリ・オルデナ、君に、いま知るべき全てを。一度だけにしたいから、よく聞いてね」
◆◆◆
私は村雨千景。この世界では珍しくともなんともない異世界転移者だ。藤原道長や安倍晴明、柳生宗矩に葛飾北斎なんかと同類って言ったら少しは誇らしさみたいなものが湧いてくる気もするけど、残念。少し前に世間様を騒がせたテログループ【勇者連合】とか彼らを討った【神竜機関】の人達みたいに異能力者じゃない。
この聖流院魔術学院で勉学に努めるただの学生なんだ。まあいいんだけどね。転移時に異能を獲得するには魂が歪んでないといけないらしいから。逆説的に、私の魂は清らかで健全だったってワケだ。
え? そろそろ本題に入れ?
仕方ないね。どうどう。暴れても怪我するだけだよ。
今日の昼だったかな。
知っての通り、聖流院魔術学院は5つの島から構成されてるんだけど、私がいたのはサテルニア島さ。商業の島。何かと事件が起こる島でもあるね。
その、漫画の第一話の舞台に相応しい島ことサテルニア島の書店に私はいたんだ。
すると扉がドーン! 窓がガシャーン! ズババババって銃の連射音。
いやぁすごいよね。まさか魔術書を扱う店じゃなくて普通の本屋に覆面強盗が来るなんて。
……そういえばあの連射、傍目に見れば無駄打ちっぽかったけどどうなんだろうね? 一応、防犯用の術式を切る意味でもあったのかな。
魔術殺しの徒花弾、裏社会じゃ未だに流通してるって聞くし。
初期の徒花弾は魔力を吸収しすぎるとポンポン爆発するって聞いたけど、あのときは結局、すぐに書店を出たから爆発音を聞いてないんだよね、私。
だってさ、ほら。犯人すぐ逃げるんだもん。
ひどいよねー。いくら私が捕縛術式の天才だからって、すぐに逃げるだなんて。だいたい、この私でも防犯ブザー鳴らして重量を操るあの女には敵わないっての。
ともあれ、私は詠唱したり術符投げたりして犯人を追っかけたワケですね。
びっくりしたのは強盗犯、相手がなんと異能の使い手だったってこと。いやそれにしても糸を自在に出す能力ってどうなのそれ。スパイダーマンかよって話。
え? スパイダーマンを知らない? ああそっか。転移者は日本で死んだ人だけなんだっけ。うん。言われてみればこっち来てからスパイダーマンちっとも見てないわ。北斎の富士山は学校の廊下とかに飾ってんあんのにね。
それはさておき。
私は私で術式で粘着性のある糸みたいなの飛ばしてたわけだから絵面的にはスパイダーマンVSスパイダーマンだよね。大丈夫かこれ? MARVELに怒られたりしない?
おっといかんいかん。話が逸れまくる。
えーと、どこまで話したっけ。
強盗犯の覆面脱がす話しした? してないね。よし。
ともあれ、逃走劇の中で私は相手の覆面を外すことに成功したわけだ。偶然とは言ってくれるなよ。私は自分のエイムにちょっと自信あるんだから。
そしたらびっくり! 強盗犯の正体は仲のいい友人のリリ・オルデナ、つまり君だったんだから!
は? そんなに親しくない?
なぁに言ってんの。トモダチだろぉ私達! トモダチじゃない人の名前は覚えない主義なんだ、私。だから私が名前知ってる人類はみんなトモダチ。藤原道長と一緒に俳句詠んだり、柳生宗矩に新陰流習ったりしたし、西の国の竜人ラウンドとジョギングしたことだってあるよ。
……うん。まあウソだけど。
見え見えの嘘つくのって、意外としんどいね。
さて、と。そっから色々考えた私は君が口にくわえてたこの飴……これが君に異能を与えているんじゃないかと考えたのさ。
それまで、君が異能持ちだとは知らなかったしね。そういう素振りもまるで感じなかった。
一時的に肉体に異能を発現するための機関を付与する何らかの薬物……なんじゃないかと私は見ているよ。もっとも、君は何も応えてはくれないけど。
でもいいのかなあ。この飴、明らかにやばいブツじゃん。
どうして君が私の部屋で縛られてるか、分かる?
飴を取り上げたらいきなり白目向いて気絶したからだぜ?
さすがにあれには驚いたよ。
んまあ、だからさ。私はこれが普通の飴だとは思えないんだよね。
……薬物、なんだろこれ。
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もし、何らかの魔術によって頷くこともできないというのなら仕方ない。私は諦めるよ。
ただ、【神竜機関】には通報させてもらおう。……それでいいね?
返事はなし、か。
――おっと。ちょうどルームメイトが帰ってきたみたいだ。
おかえり、ユマ。
◆◆◆
エルフの少女、ユマは部屋の中の状況に鼻白んだ。
「……これ、どういう状況?」
「こちら、薬物取締法違反の現行犯でございます」
「や、薬物?」
「どーやらこの飴、異能を与える飴みたいで」
「――――っ!」
ユマの目の色が変わったのを見て、千景はにやりと笑う。
「悪いけどユマさん。ここは一つ、【神竜機関】の方で調査して欲しいんですよね……だってホラ、こんな飴作れんのって【勇者連合】の残党くらいじゃないですか」
「……うん。そうだね。それじゃあ、兄さんに連絡を――」
「あれ? どうしたんですかユマさん」
「う、うしろ……」
「うしろ?」と千景が背後を見るとそこには、大きく仰け反りながら身体中の隙間という隙間から糸を出すリリの姿があった。
「―――――――!」
声なき叫びで、リリは何かを訴えようとしている。
「くっ!」
糸を払い退けて、千景はリリの口に飴を入れ、舐めさせた。すると、リリは一心不乱に飴を舐め始め――やがて、正気に戻った。能力の暴走も収まり、紡ぎ出された糸は切れてはらはらと床に落ちる。
「……一定時間、飴を舐めないと能力が暴走するってワケ。やってくれるねぇ」
千景は舌打ちした。己の想定の甘さにも、飴を作った者たちの思惑にも、憤懣の念を抱かずには入られない。
「ユマさん。こいつは急いだほうがいいよ。……この学院には、異能にコンプレックスを持つ転移者も少なからず在籍してるんだ。
【神竜機関第2部「魔術学院vs南米麻薬カルテル編」プロトタイプ第一話 - 了】
【たぶん続かない】
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